<レコチャ広場>パンダを最初に発見した西洋人とは?―中国

Record China    2010年8月7日(土) 23時44分

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4日、中国陝西省在住の中国人ブロガー、白忠徳氏が「パンダを最初に発見した西洋人」と題した記事を中国のブログサイトに掲載した。写真は5月4日、浙江省温嶺のパンダ館で遊ぶオリンピックパンダの「福娃」「歓歓」「淘淘」。

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2010年8月4日、中国陝西省在住の中国人ブロガー、白忠徳(バイ・ジョンダー)氏が「パンダを最初に発見した西洋人」と題した記事を中国のブログサイト・新浪博客に掲載した。白氏は大学勤務で同省作家協会や中国散文学会の会員に名を連ねる。以下はその内容。

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フランス人宣教師、アルマン・ダヴィッド神父は中国の珍しい動物を世界に紹介したことで知られている。中国人にとっては伝説的な人物と言って良い。ダヴィッド神父がパリに送った哺乳動物の標本は110種類、うち40種が新種だった。中でも有名なのはジャイアントパンダの存在を欧米に広めたことだろう。

ダヴィッド神父がパンダを「発見」したのは1869年、場所は四川省穆坪(現在の雅安市宝興県)だった。神父は日記で「成都からそれほど離れていないが、高く険しい山峰に囲まれ、周囲から隔絶された場所。当局の介入を逃れたようだ。住民は漢人でもなく、チベット人でもないが、後者に近い信仰を持っている。漢人が入り込んだ場所は木という木が切り倒され、山肌は土がむき出しになってしまう」とつづっている。

神父が初めてパンダの存在を知ったのは同年3月。この日の日記には「地元の大地主に自宅に招待された。そこで白と黒の珍しい動物の毛皮を見た。珍しそうに見ていると、我々が雇った猟師が『明朝、狩りに行ってくる』と言った。2日後、本当にその動物の死骸を持ち帰った」とある。この時はパンダを「白熊」と呼んでいる。

神父はその後、友人であるパリ自然史博物館館長の息子(のちに館長となる)、アルフォンス教授にこの「発見」を知らせた。そして、この「黒白熊」(Ursus eLanoLencus A.D.―神父が当時パンダに名付けた名前)の詳しい様子を手紙につづった。1870年、アルフォンス教授は論文で「外見は熊に似ているが、骨格と歯の特徴はレッサーパンダやアライグマに似ている。これは間違いなく新種だ。私はAiLuroPodaと名付けた」と発表した。

パンダの学名はその後、Ailuropoda melanoleucaとなった。100年以上もクマ科に属するのか、アライグマ科なのか、それとも独立したジャイアントパンダ科なのかの論争が続いたが、最近のDNA研究でクマ科の仲間であることが分かった。面白いのは神父の日記にパンダが笹を食べるという記述がないこと。パンダに関する情報は地元の猟師から得たものだったと考えられるが、当時は地元民もパンダの主食が笹であることを知らなかったのだろう。(翻訳・編集/NN)

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