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古代中国ではなぜ「九族皆殺し」の刑が採用されていたのか?―中国メディア

配信日時:2010年7月25日(日) 22時19分
古代中国ではなぜ「九族皆殺し」の刑が採用されていたのか?―中国メディア
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20日、古代中国には、1人が罪を犯すと九親等までの親族を皆殺しにするという刑罰制度があった。写真は北京郊外の「川底下村」。明・清代に建てられた四合院建築がほぼ当時のまま残されている。
2010年7月20日、古代中国における刑罰の残忍さはおよそこの世のものとは思えない。「皮剥ぎの刑」「腰斬(ようざん)刑」「凌遅(りょうち)刑」など、名前を聞いただけで思わず身震いしてしまうものばかり。さらには、一族郎党皆殺しにされるという徹底ぶりだった。中国新聞社が伝えた。

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中国では昔から「罪は九族に及ぶ」といわれ、1人が罪を犯すと九親等までの親族を皆殺しにするという刑罰制度が、清(1644−1912年)の時代まで続いていた。ひと口に「九族」と言っても、親族が多ければそれはおびただしい数に上る。親族に連帯責任を負わせることにより、犯罪抑止を期待したほか、遺族の恨みを根こそぎ断ち切るという狙いもあった。

権力争いが絡めば、たとえ血のつながった兄弟姉妹でも容赦しない。明の恵帝(建文帝)は太祖・朱元璋が亡くなった後、皇位を継いだが、叔父にあたる燕王・朱棣にその座を奪われた。この時、朱棣は恵帝を抹殺するために国中を探したが、ついに見付からず、刑罰を与えることができなかったという。

中国は古代から家族主義が第一だった。国家より個人より家族という単位が最も重んじられてきたのである。権力を代々引き継ぐ世襲も、古代から伝わる中国の「伝統文化」だと言えよう。そして、現代の中国人もこの伝統文化を脈々と守っていきたい考えのようだ。(翻訳・編集/NN)
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