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中国人はなぜ過ちを認めないのか?国民の素養を高めるカギは「謝る」こと―中国紙

配信日時:2010年7月20日(火) 7時40分
中国人はなぜ過ちを認めないのか?国民の素養を高めるカギは「謝る」こと―中国紙
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17日、人気教養番組で有名な大学教授が「中国人はなぜ過ちを認めないのか」について論じた寄稿が、北京紙に掲載された。写真は「私が間違っていました」と書かれた横断幕を掲げ、世間に経営失敗を詫びた南京の実店舗モール「西祠街区」の従業員ら。
2010年7月17日、国営・中国中央テレビ(CCTV)の人気教養番組で有名なアモイ大学の易中天(イー・ジョンティエン)教授が「中国人はなぜ過ちを認めないのか」について論じた寄稿が、北京紙・新京報に掲載された。

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中国人はとにかく謝らない。地位が高くなればなるほど、有名になればなるほど、面の皮は厚くなる。では、なぜ中国人は過ちを認めない民族になってしまったのか?易教授が以下のように鋭く分析した。

◆謝るにも「資格」がいる

儒教の始祖・孔子は、「君子の過ちは日食や月食のように珍しいが、それを隠さず正直に認め謝ることでさらなる尊敬を集める」と説いている。だが、一挙手一投足に注目が集まる君子だからこそ、大衆に謝る必要があるというもの。裏を返せば謝る資格を与えられたのは「君子」だけとも言える。「謝る」という行為は昔から上流階級の特権であり、たしなみでもあった。ところが、秦・漢代以降は上流階級が消え、「皇帝」と「臣民」しか存在しなくなる。皇帝に上奏する際の決まり文句は「誠惶誠恐、頓首頓首、死罪死罪」。もちろん、本当に自分を「死罪」とは思っていない。「罪を認める」行為はこうして単なるパフォーマンスと化していった。

◆謝るのは一種の「パフォーマンス」

パフォーマンスに最も秀でているのは皇帝だ。たとえば、自然災害が起きて社会が不安定になった時、「自分のせいだ」と大げさに自らを責め立てる。実際は自然災害が誰かのせいであるはずはないのだが、皇帝が謝ることで民衆の怒りや不安が鎮まるという絶大な効果が得られるのだ。こうしたパフォーマンスは文化大革命時代にも頻繁に見られた。当時のスローガンは「闘私批修」(自分の中の「私」と闘い、修正主義を批判すること)。全ての人が道徳的意義における「君子」とされ、「自己批判」を強いられた。批判が強いほど上司に褒められ「模範」扱いに。ある意味、中国人が最も「罪を認めた」時代だったのかも知れない。

中国人が謝れない最大の理由は「メンツ」を失いたくないから。だが、中華民族のメンツはそれほど脆いものではないはず。本人が過ちを認めようが認めまいが、事実は1つ。だったら、堂々と認めることこそが真の「漢(おとこ)」なのではないか?中国人はまず「事実をはっきりさせる」練習から始めよう。それができたら、「それが正しいか間違っているか」を考える練習。最終的には道徳的な判断ができるようになれば良いが、それは一体いつになることやら。(翻訳・編集/NN)
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