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<レコチャ広場>「習近平」、日本人が忘れ得ぬ名に=では皇太子は?天皇陛下会見問題に考える外交の在り方

配信日時:2009年12月15日(火) 14時55分
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09年12月、中国の習近平副主席は14日、3日間の訪日を開始。日本側は慣例を破って実現した天皇陛下との会見をめぐって朝野を挙げての大激論が勃発しており、多くの日本人にとって忘れがたい存在となった。写真は07年上海市委員会書記に就任時の習副主席。
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09年12月、中国の習近平副主席は14日、3日間の訪日を開始。日本側は慣例を破って設定した天皇陛下との会見をめぐって朝野を挙げての大激論が勃発しており、同副主席の名前が多くの日本人にとって忘れがたい存在となったことだけは間違いない。

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そもそも、陛下との会見を1カ月前までに申請するという宮内庁のルールが絶対不可侵か。訪中から帰国したばかりの民主党の小沢一郎幹事長の発言として14日伝えられた「宮内庁の役人が作ったから金科玉条で絶対だなんて、そんなばかな話あるか」という批判も一理ある。実際、外務省関係者の間でも「天皇は対外的には元首。こんな悠長なルールでは現実に外交ができない」という声がある。

ある外務省OBからは「これまでも厳密に守られてきたのか疑問だ」という声もあった。実際、同じ皇族でも皇太子については「同様のルールがある程度柔軟に処理されてきた」という。

では、高齢で健康不安のある陛下のお身体や天皇の象徴としての存在を守るための誰もが納得するルールを一体誰が決めるかというと、それは政権に就いたばかり小沢幹事長や、鳩山総理が急に行うことでもなさそうだ。

「象徴天皇は絶対神聖で冒すべからず」的な議論に巻き込まれると出口が見えないので、角度を変えて考えてみよう。

一体誰が口火を切ったのか。羽毛田信吾宮内庁長官がわざわざ記者会見まで開いて、「天皇の政治利用」に対し公に懸念を示したのは誰もが知っている。内閣に仕える役人として、これだけの大事を敢えて外部に「政治的」ともみられかねない問題提起をしたわけだから、「どうしても反対なら、辞表を提出した後に言うべきだ」とする小沢幹事長の指摘も一つの筋だ。

もっとも当の羽毛田氏は責任の重さを感じていないのか、この小沢発言の同夜、ただちに辞職を否定。「ルールに特例を設けることは、国の大小や相手国の政治的重要性を超えてお務めをしてこられた陛下の国際親善の在り方をないがしろにし、非常に懸念の生じること」などと、とてもきれいな自説を繰り返したようだ。

「天皇の政治利用」批判に対して、小沢氏は天皇の国事行為が内閣の助言と承認で行われることを強調、「国事行為は全部政治利用になっちゃう」と切り捨てている。表現は乱暴だけれど、外交がそれほどきれいごとではないことは議論の余地がない。天皇に会見する外国の使節が国の大小等や日本の利害と関係なく、「自由と平等の観点から公平に」決められていたと信じる人は少ないだろう。

さて、ではなぜ外交の窓口である外務省は、羽毛田長官に批判されないように先回りして、前例もある中国国家副主席と天皇の会見を根回ししなかったのだろう。単に、中国側が「1カ月ルール」とやらを知らなかったので、訪問日程の通知が遅れたから断ることができて良かったと踏んだからか。

だとしたら、その「1カ月ルール」を国際社会に周知しなかった、あるいは「次の中国の指導者候補」の訪日に際して、陛下との会見を含む万全の受け入れの準備をしなかった、その責任は誰にあるのか。逆に、「1カ月ルール」があっても理想的な外交が可能なのか。

まさか民主党のごり押しを見越した外務省が、同党による霞が関改革に抵抗する官僚チームの一員としてスクラムを組み小沢幹事長らを罠にはめるわけもないだろうが、外交当局の責任論はどうなるのだろう。

あえて「象徴天皇」の在り方という難しい課題だけがクローズアップされ、外交の在り方が議論されないとしたら不思議だ。(編集・NK)

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