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心の中に棲む故郷の風景を描き続ける油彩画家の[イ冬]耀文。中国らしさと無縁の国籍不明なその風景画を、作者は「現代の山水画」と呼ぶ。すがすがしい静謐や奥ゆかしい詩情が美しい反面、失った自分らしさを嘆く押し殺したむせび泣きが聞こえてくるかのようだ。
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「伝統的な風景画の概念とは異なるかもしれないが、わたしはこれを現代の山水画と呼びたい」。主に故郷をモチーフとした風景画を描き続ける油彩画家の[イ冬]耀文(トン・ヤオウェン)。その故郷の原風景は必ずしも写実的なものではなく、作家個人の心象に忠実に描いたものだというが、キャンバスに広がる風景は少なくとも表面的には中国らしさと無縁で、どの国のどこにでも見られるような国籍不明の光景が広がっている。
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日本のどこかの地方都市を描いたと言っても何ら違和感のない風景。ぶれのないしっかりとした輪郭線、青色をベースに複数の色を混ぜ合わせて丹念につくりこんだ灰色、広々とした空の余白が美しい。[イ冬]耀文の心に棲む故郷の風景は、清潔感や自律性、抑制された安定感に縁どられ、すがすがしい静謐や奥ゆかしい詩情をたたえている。
しかし、テーマカラーに無彩色の灰色を選んでいる点に象徴されるように、美しいながらもアイデンティティの欠落した無味乾燥な風景は、現代中国の姿をそのまま映し出しているようにも見える。経済発展最優先のもとに見殺しにしてきた文化背景や自分らしさ。画面からは、それを嘆く押し殺したむせび泣きが聞こえてくるかのようだ。作者が直近の個展に「悲情山水」と名づけたゆえんも、そんなところに感じられる。(文/山上仁奈)
●[イ冬]耀文(トン・ヤオウェン)
中国の油彩画家。1972年生まれ、天津市出身。幼年時代は極端に口数が少なく、絵ばかり描いていたという。1994年、天津美術学院卒。2005年、中国芸術研究院油彩画芸術研究生班を修了。卒業後は北京を中心にコンスタントに個展を開き、美術展にも数多く出展している。代表作に「故郷」「夏家胡同」「後海冬景」など。
写真提供:匯泰国際文化発展有限公司(中国・天津)
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