夏王朝末裔の韓国人、重慶の祖先の墓訪ねる―中国

Record China    2009年3月4日(水) 11時52分

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2日、韓国人51人が祖先の墓参りのため重慶を訪れた。いずれも夏王朝の創始者である明玉珍皇帝の子孫。中国国内に残る末裔53人とともに、祖先を祭る儀式を行った。

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2009年3月3日、重慶晩報によると、夏王朝の創始者である明玉珍皇帝(1331年−1366年)の子孫の韓国人51人が2日、祖先の墓参りのため重慶を訪れ、末裔の中国人53人とともに祖先を祭る儀式を行った。

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夏王朝(1363年−1371年)は元代末期の農民反乱軍の領袖である明玉珍が創始した王朝で、一帯を平定した明玉珍が1363年に皇帝に即位、重慶を都に定め、国号を大夏としたことに始まる。明玉珍が1366年に病没すると、その息子の明昇が第2代皇帝として跡を継いだが、明の太祖である朱元璋の軍による攻撃を受け、1371年に降伏、夏王朝はわずか8年で滅亡した。明玉珍には2人の妻がいたが、その一方である彭一族は明昇とともに甘粛地方へ逃れ、姓を「甘」と替えてひっそりと生き延びてきた。また、もう一方の林一族は、息子の明重とともに朝鮮へ逃れたのだという。

そして現代に至り1992年、韓国の子孫が先祖の陵墓を探すため、家系図を手に中国を訪問。明玉珍の第24代子孫として、現地政府の外事部にも協力を仰いだ。中韓双方の子孫が合同で祖先・明玉珍を祭る儀式は2001年から始まり、以降毎年、重慶市郊外にある簡素な陵墓で儀式が執り行われている。(翻訳・編集/岡田)

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