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人間の意識の奥底に眠る原始的な欲望を、抽象的表現に昇華して描く画家・孔千。モチーフをデフォルメすることで絵画の中の真実を描き出す手法は、客観的にはある種の隔たりを感じさせるが、それこそが鑑賞者の感覚を刺激し、思考を促しているのである。
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朴訥といえるまでの牧歌的な風景画から、寓意を潜ませたような抽象的な人物画までを幅広く描き、中国画壇で独自の地位を築いている画家・孔千(コン・チエン)。複雑多様な作風のようにも思えるが、いずれも日常で得た着想を日記のごとく記録し、作品に昇華させるのがこの作家の一貫した創作スタイルでもある。
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とくに目を引くのは人物や動物を主体に据え、人間の意識の奥底に眠る原始的な欲望を暴き出すかのような、そこはかとない恐怖を感じさせる水墨画の作品群だ。尻を突き出してうずくまる女性。なんらかの交わりを持とうとしている男女。本能の赴くままに交尾にふける昆虫。その作品世界は、受け止めようのない不可解なものであると同時に、はっきりとした含意が隠されているようにも感じられる。しかし、それらを「不可解」と感じるのは、客観的な理解を超えているからではなく、そこに描かれているのが多くの人にとって目を背けたいことだからであり、「恐怖」を感じるのは、それを白日の下にさらされてしまうことへの恐怖であり、実のところは、多くの人の無意識下へ直接届く、普遍的で本能的なメッセージが放たれているように思われる。無論、それは性的なイメージであり、なおかつ個人的な妄想世界である。時に無生物かのように描かれる人物や突飛な画面構成が、それらを抽象画的なオブラートにくるんではいるものの、作品世界を覗き見るためらいや罪悪感は、確実に鑑賞者の感覚を波立たせる。
その作品の抽象性について、孔千自身は「具象物の持つ固定イメージを放棄することによって、モチーフにまったく別の価値を与える」としている。また、天津美術学院学長の姜陸(ジアン・ルー)氏は以下のように評している。「原型をほぼ留めないモチーフは孔千の筆によって、あるときはのびのびと、あるときは強張りながらデフォルメを形成する。これによって、自然界の真実とは平行線を描く『絵画の中の真実』が導き出される。そのことが、作品と鑑賞者との間に一種の隔たりを生むかもしれない。しかし、それこそが鑑賞者に『思考する』きっかけを確実に与えている。作者のインスピレーションは社会環境、自然環境、ひいてはさまざまな視点から見つめた生命の体験によるものだからである。」(文/山上仁奈)
●孔千(コン・チエン)
中国の現代画家。1956年生まれ、天津出身。天津美術学院・装飾絵画学科卒業。1982年、卒業と同時に同学院建築分校の講師となり、現在は油絵学部で教授を務める。風景画から抽象的な人物画までを幅広く描く。人間や動物の本能を、抽象的だが恐怖を感じさせるようなタッチで描いた水墨画は特に評価が高く、中国画壇で独自の地位を築いている。デッサン画の著書も数多い。ドイツの作品展に出展したり、ベルギー・アントワープで学者と交流するなど、活躍の場を海外にも広げている。
※週末美術館では、中華圏のアーティストを中心に日本や世界各地の写真作品、美術作品、書道作品など様々なジャンルの作品をご紹介していきます。
写真提供:匯泰国際文化発展有限公司(中国・天津)