<点描・北京五輪>朝倉浩之の眼・回憶 北京五輪(5)劉翔“ショック”その後

Record China    2008年9月1日(月) 21時35分

拡大

8月26日、政治の中心地・人民大会堂で、北京五輪に出場した選手、役員らが集まる総括大会が行われた。ここに110m障害の劉翔がアノ事件後、初めて姿を見せ、報道陣の注目を浴びた。

(1 / 4 枚)

■■■■■2008年8月29日 ■■■■■

その他の写真

26日、政治の中心地・人民大会堂で、北京五輪に出場した選手、役員らが集まる総括大会が行われた。ここに110m障害の劉翔がアノ事件後、初めて姿を見せ、報道陣の注目を浴びた。鮮やかな紅色のジャケットと黄色シャツに身を固め、コーチとともに会場に現れた劉翔。表情は笑顔を絶やさず、他の選手たちにサインをせがまれ、記念写真にも応じ、非常にリラックスした様子だった。ただ、報道陣がカメラを向けると、逃げるように足早にそこを過ぎ去ろうとする。席についてからも、顔をうつむき、明らかにメディアを避けようとしていた。もし、アノ時、「予定通り」劉翔が金メダルを手にしていたら、いつものように、くったくない笑顔を堂々とカメラの前で見せていたのだろう。スポーツの結果というのは、本当に残酷だ。

中国の英雄、劉翔の棄権はいうまでもなく、今大会最大の“事件”であり、中国全土の人たちに大きなショックを与えた。“事件”直後、ネット上の書き込みなどを中心に、「脱走兵」「国民の恥」など過激な意見が登場していたのも事実だ。

ただ、日本の報道を見ると、これについて、“自由な”ネット社会での意見が国民の大多数であり、リアル社会では国家の情報統制により、国民は沈黙している…という見方があるようだが、実際はそうともいえない。

私はその後、事あるごとに、中国人の若い人、年配の人、男女を問わず、この「劉翔事件」について問いかけてきた。そして、その数が何人かに達した時点で、それをやめてしまった。それは、ほぼ全ての意見が「確かにショックだし、残念だが、ケガならば仕方がない」という“許容”。そして「他に大勢の“英雄”が生まれた。劉翔だけが英雄ではない」という“無関心”だったからだ。

今大会、中国からは51人の金メダリスト、100人のメダリストが生まれている。劉翔が国民的英雄であることは間違いないし、その“戦わざる敗戦”は人々に大きなショックを与えたのは事実だ。だが、考えてみれば、それでもって、劉翔という一アスリート個人の「国民的批判」がなされることが、そしてそれが国民の大多数の意見となることが考えられるだろうか。

日本で、大会直前に、野口みずきが出場回避を決定したが、彼女個人に国民の批判は集まっているだろうか。むしろ、「次の手」を受けなかった陸連や指導者らの責任が大きく取りざたされているだろう。そして、野口みずきについては、「早くケガを直して、次に向けて頑張ってほしい」という気持ちが沸くのが自然ではないか。中国の人たちも、そんな「当たり前の感情」で“劉翔事件”に接していると思う。

たしかに、私がこれまで中国メディアに接していた経験からすれば、「劉翔問題について報道しないよう」という統制を国家が行っている可能性は十分ある。(ある国営メディアの友人は「そのような通達はなく、取り上げる“必要がない”から取り上げないだけ」と語っていたが)

だが、中国の人たちは実は、そんな「情報統制」で何かを見誤るほど単純ではない。国民的英雄の“失敗”を自然な感情を持って受け入れ、そして次には、それを「忘れ去ろう」としているのだ。

ヒーローは次々に生まれているのだから。

<注:この文章は筆者の承諾を得て個人ブログから転載したものです>

■筆者プロフィール:朝倉浩之

奈良県出身。同志社大学卒業後、民放テレビ局に入社。スポーツをメインにキャスター、ディレクターとしてスポーツ・ニュース・ドキュメンタリー等の制作・取材に関わる。現在は中国にわたり、中国スポーツの取材、執筆を行いつつ、北京の「今」をレポートする中国国際放送などの各種ラジオ番組などにも出演している。

この記事のコメントを見る

ピックアップ



   

we`re

RecordChina

お問い合わせ

Record China・記事へのご意見・お問い合わせはこちら

お問い合わせ

業務提携

Record Chinaへの業務提携に関するお問い合わせはこちら

業務提携