<コラム>中国・習近平主席が「泣いて馬謖を斬る」可能性―北京市トップ、腹心の蔡奇書記の処遇に注目

如月隼人    2017年12月18日(月) 15時30分

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12月になってから、中国の習近平国家主席が、腹心である中国共産党北京市委員会の蔡奇書記を降格させる可能性があるとの記事が出てきた。写真は習近平国家主席の中国の関連報道。

12月になってから、中国の習近平国家主席が、腹心である中国共産党北京市委員会の蔡奇書記を降格させる可能性があるとの記事が出てきた。蔡書記に対しては、市内で低所得層が集まる住宅を強制撤去するなどで抗議デモも発生した。仮に蔡書記を降格させれば習近平政権にとって大きな打撃、しなければ習主席自身に不満の矛先が向けられる可能性がある。

▼大規模な強制立ち退きで北京市が不穏な情況に

北京市当局が低所得層の住宅の撤去に着手したきっけは、11月18日に同市大興区の集合住宅で火災が発生し、19人が死亡したことだった。北京市政府は同月20日からの40日間を、安全リスク排除のための行動期間にすると発表。重点とされたのは、市街地と郊外の境界地域にある集合住宅で、遅くとも23日には安全基準を満たしていないことを理由とする強制立ち退きが始まったという。

現場担当者が「即座立ち退き」を要求し、抵抗する住人には係員が暴力を振るったことなどで「ナチスがユダヤ人に対して行った処遇と同じ」「中国における反中国人活動」などの批判が出た。11月末までには数十万人が家を追われたとの見方がある。世界人権デーの12月10日には、北京市朝陽区内で強制立ち退きに対する抗議活動が行われた。参加者は約1000人と見られている。

中国で大規模な抗議活動が発生すれば、地元政府にとっては大きな失点になる。まして強引かつ大規模な強制立ち退きが直接の原因であれば、北京市トップの蔡書記の責任が問われたとしても、おかしくない情況だ。

▼蔡奇書記の抜擢(ばってき)は習近平主席の「窮余の一策」との見方

中国の中央政界には、ごく大雑把な分類だが、胡錦濤前国家主席などを中心とするグループ(団派)と、江沢民元国家主席を中心とするグループ(江派)の二大派閥がある。

習主席は2007年の党大会で中央政治局常務委員になったことで2012年の党書記、13年の国家主席就任を確実にした。「団派」と「江派」は次期指導者を巡って対立していた。習政権の発足は、どちらの派閥にもはっきりと属していない習氏を選ぶことで両派閥が妥協した結果と見られている。

習氏の父親は国務院副首相を務めた習仲勲だ。そのため、共産党高級幹部の子弟である「太子党」の一員とされている。しかし「太子党」は必ずしも、政治的に結束しているわけではない。そのため習氏は政権のトップ座に就いても、「団派」と「江派」に挟まれて強い指導力を発揮できないと見られていた。

しかし習氏は12年秋に党総書記に就任すると、「腐敗撲滅」を強力に進めることで施策に抵抗しにくい状況を出現させた上で、人事などでも独自色を強く打ち出した。基本的には「自らへの忠誠」を示すものを重用し、「団派色」や「江派色」の強い人物は排除する方向を示した。

問題は、共産党中央の上層部に習主席の「人事の眼鏡」にかなう人物が少なかったことだ。そこで、習政権は福建省や浙江省で勤務した時代に接近した人物を大量に登用することになった。蔡書記は1955年生まれ。出身地は福建省だ。習近平主席が福建省で仕事をしていた1980年代に目をかけられたとされている。習政権発足後の2014年には浙江省副省長から中央国家安全委員会弁公室副主任に抜擢され中央に異動し、16年には北京市市長、17年5月には市長より格上の共産党同市委員会の書記に就任した。

▼「2階級特進」したものの、施策には批判が噴出

蔡書記は17年秋の党大会で、共産産党内の序列としては中央委員会候補委員、中央委員会委員を飛び越して中央政治局委員にするという「2階級特進」をした。しかし北京市における蔡書記の仕事については、強制立ち退きだけでなく、石炭による暖房を禁止したことでも、「弱者に厳しい」施策が多いと批判との批判が強まった。

石炭使用の極端な制限は、習近平政権が打ち出した大気汚染改善のための天然ガスへの転換に呼応したものだった。大気汚染対策で特に重視されたのが「北京に青空を取り戻す」ことで、北京市や周辺の河北省、天津市では石炭暖房が禁止された。そのため、旧式の石炭火力ボイラーを使う地域暖房や石炭ストーブの利用ができなくなり、庶民が暖を取れなくなった。学校でも暖房が使えず、凍傷になる児童が出たとされる。

一方では天然ガスが供給不足になり、価格が前年同期の2倍以上に高騰するなどの問題が出た。このため、中央政府・環境保護部は12月4日に、天然ガス暖房への転換ができていない地域では石炭暖房の使用を認めることを通達し、住宅建設部も13日になり同様の内容を持つ「通知」を公開した。

北京市がそれまでに石炭暖房を禁止したのは習近平政権の方針に従ったわけだが、余りにも忠実に実行したとして、同市トップである蔡書記に対する不満が高まった。

蔡書記の、もう一つの不評を呼んだ施策としては、ビル外壁や屋上部分に掲示された会社名・組織名やロゴの看板を「違法広告」として撤去した「保衛天際線」がある。中国国外に拠点を置き、反中国当局の立場の情報を発信している中国禁聞網は14日、11月末に始まった「保衛天際線」で、2万7000点の看板が撤去されと報じた。

ところが中国禁聞網によると、北京市メディアの新京報が12月11日、ニュースサイトで同市海淀区当局が、広告の撤去作業を暫定的に停止する通達を出したと報じた。さらに、同記事は掲載後数時間で、削除されてしまったという。

米国に拠点を置き反中国的な立場での報道を続けている華字メディアの新唐人は16日になり、北京市人民代表大会常務委員会(人大常委会)が最近になって会議を開催し「重大な決定については必ず人大常委会を通さねばならない」と採決したとの見方が出ていると紹介。事実とすれば、北京市における事実上の最高決定機関である党委員会への反発をあらわにした異例の事態だ。新唐人は、背後には共産党の権力闘争があり、北京市人大常委会が蔡書記の失政をチャンスに権力を奪取しようとしたとの見方を示した。

蔡書記に由来すると見られるこれまでの「悪政」に共通しているのは、党中央の方針や規則に忠実ではあるが、現場の状況を理解せず性急に事を進めたために混乱をもたらし、大きな不満を出していることだ。これでは、政治能力を疑問視する見方が出ても仕方ないだろう。

▼庶民による不満を考慮して、習近平主席が「泣いて蔡奇を斬る」可能性

蔡書記については、「習近平氏への露骨なごますり」が取沙汰されたこともある。17年秋の共産党の党大会の際には、習近平氏を「英名なる首領」と表現しようとして、「中国共産党・政府の頭脳」と呼ばれる王滬寧氏に「不適切」として拒否されたとされる。

王氏は1980年代には新進気鋭の政治哲学学者として注目されていた存在で、江沢民・胡錦濤・習近平の3代にわたる政権を理論面で支えてきた。それぞれが政敵とも言える3代の指導者すべてから信頼されたということは、王氏の並々ならぬ能力が共産党上層部にとってどうしても必要とされていることを示す。「英名なる首領」の提案がただちに否定されたことで、蔡書記の「軽さ」が改めて印象づけられることになった。

新唐人は11月25日付で、習主席も実績を上げられない蔡書記が露骨な「習近平礼賛」を繰り返してばかりいることに失望していると報じた。

香港メディアの蘋果日報(アップル・デイリー)は13日、「習近平は泣いて蔡奇を斬るのか」と題する記事を発表した。三国志演義にある「諸葛孔明は馬謖という若い武人に目をかけて引き立てていたが、馬謖の命令違反で蜀軍が大敗した。諸葛は馬謖の処刑を決め、大いに泣いた」という「泣いて馬謖を斬る」とのエピソードをもじった見出しだ。

同記事は、蔡書記は悪政を繰り返していると批判。責任論から言えば、習主席は庶民の不満に対応するためにも蔡書記を辞任させるべきだと指摘。しかし実際には、習政権の権勢が強大になっており、蔡書記を政治局委員という高い地位につけてしまっているため、名誉挽回の機会を与えることはしても辞任させることは考えにくいと主張。蔡書記の処分を本当に考慮せねばならなくなっても、北京市の党・政府のその他の高官をスケープゴートにすることで事態の収拾を図るだろうとの見方を示した。

12年に発足した習近平政権は、これまで反発の声を抑え込んでいた。しかし、習体制をよく思わない党上層部の勢力が消滅したとは思えない。習主席がこれまで進めてきた党・政府・軍における「お友達人事」の弊害が、政権の足元をすくう可能性も否定できない状況だ。

■筆者プロフィール:如月隼人

日本では数学とその他の科学分野を勉強したが、何を考えたか北京に留学して民族音楽理論を専攻。日本に戻ってからは食べるために編集記者を稼業とするようになり、ついのめりこむ。「中国の空気」を読者の皆様に感じていただきたいとの想いで、「爆発」、「それっ」などのシリーズ記事を執筆。

■筆者プロフィール:如月隼人

1958年生まれ、東京出身。東京大学教養学部基礎科学科卒。日本では数学とその他の科学分野を勉強し、その後は北京に留学して民族音楽理論を専攻。日本に戻ってからは食べるために編集記者を稼業とするようになり、ついのめりこむ。毎日せっせとインターネットで記事を発表する。「中国の空気」を読者の皆様に感じていただきたいとの想いで、「爆発」、「それっ」などのシリーズ記事を執筆。中国については嫌悪でも惑溺でもなく、「言いたいことを言っておくのが自分にとっても相手にとっても結局は得」が信条。硬軟取り混ぜて幅広く情報を発信。

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