<アベノミクスの落とし穴(2/2)>日銀金融緩和限界で、今度は「異次元の財政出動」を提言―「理論と実態」乖離、米国で失敗例が続出

八牧浩行    2017年4月10日(月) 11時0分

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最近、ノーベル経済学賞受賞者のシムズ・米プリンストン大学教授らが唱える「物価水準の財政理論」が話題になっている。浜田宏一内閣官房参与が昨年、シムズ理論により「目からウロコが落ち考えを変えた」と記したことから、注目されるようになった。写真は日銀。

最近、ノーベル経済学賞受賞者のクリストファー・シムズ・米プリンストン大学教授らが唱える「物価水準の財政理論(FTPL)」が話題になっている。内閣官房参与の浜田宏一米エール大学名誉教授が昨年、シムズ理論により「目からウロコが落ち考えを変えた」と記したことから、注目されるようになった。

「デフレは貨幣的現象でありマネーを増やせば物価は必ず上がる」というのが、異次元金融緩和を推し進める黒田春彦日銀総裁らリフレ派の主柱理論だった。シムズ氏は昨年8月、「ゼロ金利の下では、マネーを増やしても物価を上げる効果は小さい。今は財政の拡張が有効だ」と主張した。日銀の金融政策は壁にぶち当たっており、今度は「異次元」の財政拡大が必要だという論法である。

 

シムズ氏の薦める方策は政府が「将来の増税はなし」と宣言し、インフレ期待を高めれば実際にインフレになるという。「期待に働きかける」というのはまともな「経済理論」ではない。ところが安倍政権がこのシムズ理論を活用して、財政健全化目標の先送りや消費増税を再々延期するのではないかの見方が広がっている。

ノーベル賞学者が「入れ知恵」

2月1日、シムズ氏は都内で講演し「ゼロ金利制約の下で金融政策が効きにくいときには財政拡張がその代わりになる」と提言。「プライマリーバランス(PB)の黒字化の目標を下げれば人々は国債を持ちたくなくなって消費を増やし、物価は上がる」と説き「消費増税の凍結」も求めた。アベノミクス提唱者の本田悦朗駐スイス大使らが首相にシムズ理論を説いたといわれる。安倍首相は「国債は実質的には日銀が全部引き受けている。マイナス金利なので実質的に借金は増えない」と楽観論に傾いているという。

浜田宏一内閣官房参与がノーベル賞学者を次々に連れてきて入れ知恵させるパターン。これら学者が説く理論は欧米ではハイパーインフレを招く「奇論」「麻薬」とされることが多く、実現されていない。

ノーベル経済学賞と銘打っているものの実際は「アルフレッド・ノーベル記念スウェーデン国立銀行経済学賞」が正式名称。ノーベル財団は「ノーベル賞と異なる」と注意を喚起している。ノーベル経済学賞について、『ノーベル経済学賞の40年』 (トーマス カリアー著)は「特に新しい洞察を得たわけでもないのに、経済でよく知られた考え方や行動を数学モデルに置き換えただけで、ノーベル賞に選ばれた学者が多すぎる」と批判する。

◆「恥の上塗り事件」も発生

ノーベル経済学賞を受賞した経済理論が現実には通用しないことが多い。たとえば、1976年の受賞者ミルトン・フリードマンは貨幣供給量の増加率固定化を主張、その後、アメリカの連邦準備理事会が82年にその主張を試し、貨幣供給量の増加率が固定化されると、失業率が大恐慌以来の高さまで急上昇した。固定化が廃止されて景気は改善の兆しを見せた。貨幣供給量の増加率固定化は失敗したわけだが、固定化ルールを主張したプレスコットとキドランドが2004年の受賞者となるという「恥の上塗り事件」も起きた。

マイロン・ショールズ、ロバート・マートンという2人のノーベル賞受賞者を役員とし、その金融理論を実践するために設立させたLTCM(米ヘッジファンド)は、1998年のロシア経済危機を読み違え多額の損失を出し破綻。「人々の予測形成を正しく説明できる経済理論は存在しない」と同賞の在り方に批判が集中した。

近年のノーベル経済学賞受賞者の大半は米国人だが、肝心の米国経済は混乱が続いている。「リーマンショック」「極端な富の集中」「財政の崖」「巨額の財政赤字と国際収支の赤字」などにも米国人受賞者の誤った理論が少なからず絡んでいるとされる。

経済学と経済実態の乖離は大きく、「ノーベル経済学賞はやめるべきだ」「米国流の市場経済中心の経済学からリベラルな人間主義に変えるべきだ」などの批判もある。

◆アベノミクス加速は「バブルの序章」

『バブル〜日本迷走の原点』の著者永野健二氏(元日経ビジネス編集長)は「日本のリーダーたちは、円高にも耐えうる日本の経済構造の変革を選ばずに、日銀は低金利政策を、民間の企業や銀行は、財テク収益の拡大の道を選んだ。そして、異常な株高政策が導入され、土地高も加速した」とし、「今の状況に通じるものがある」と語っている。安倍首相の「株価がすべてを決定するかのような『大見得』の熱狂発言には謙虚さがかけている」とも指摘。「アベノミクスの動きは、バブルの序章である」と警告している。

2030年、75歳以上人口は2278万人とピークを迎える。15年より4割も増え、医療や介護費の増加は確実だ。1000兆円を超す巨額債務を前に、経済成長と財政支出の伸びを抑えながら、地道に「異次元の世界」から脱却するしかない。(八牧浩行

■筆者プロフィール:八牧浩行

1971年時事通信社入社。 編集局経済部記者、ロンドン特派員、経済部長、常務取締役編集局長等を歴任。この間、財界、大蔵省、日銀キャップを務めたほか、欧州、米国、アフリカ、中東、アジア諸国を取材。英国・サッチャー首相、中国・李鵬首相をはじめ多くの首脳と会見。東京都日中友好協会特任顧問。時事総合研究所客員研究員。著・共著に「中国危機ー巨大化するチャイナリスクに備えよ」「寡占支配」「外国為替ハンドブック」など。趣味はマラソン(フルマラソン12回完走=東京マラソン4回)、ヴァイオリン演奏。

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