世界に禅を広めたこの日本人、日本ではどのように紹介されているか―中国メディア

人民網日本語版    2017年3月25日(土) 11時40分

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日本の禅文化を海外に広くしらしめた仏教学者である鈴木大拙の出身地・石川県金沢市には、「鈴木大拙館」がある。

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日本の禅文化を海外に広くしらしめた仏教学者である鈴木大拙(すずきだいせつ、1870−1966)の出身地・石川県金沢市には、「鈴木大拙館」がある。(文:陳言。瞭望東方周刊掲載)

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鈴木大拙の本名は鈴木貞太郎、「大拙」は居士号だ。中国にはほんとうに賢い人は、やたらに自分の知恵をひけらかさないという意味の「大智は愚の如し」ということわざがあるが、「大拙」という円覚寺の老師から与えられた名前は何物にも囚われない境地の中に大いなる者が現れるという意味があり、それを体現したことで「鈴木大拙」という名前で今も広く知られている。

鈴木大拙は生涯通じて禅を探求すると同時に、東西の知識を学び続けた。日本語による著書は「浄土系思想論」など70−80作あるほか、「大乗仏教概論」や「禅論文集」など英文著書も20作以上ある。その数の多さは、日本の他の仏教学者とは比較にならないほどだ。米国に滞在していた時、鈴木大拙は胡適などの中国の学者とも歴史・宗教をめぐる交流を幾度となく行っていた。

「鈴木大拙館」に入ると、受付で手の平よりやや大きい見開きのパンフレットを渡される。それに鈴木大拙の紹介が少し書かれているものの、それ以外の資料は何もない。薄暗く細長い回廊をずっと歩いていくと、突然まぶしい光が差し込んでいる所があり、さらに進んでいくと、枯山水の庭園がある。

「鈴木大拙館」には、展示空間と学習空間、思索空間の3つの空間がある。展示空間には、写真が数枚あるだけで、他には何もない。禅宗の教義は、文字や言葉による教義の伝達のほかに、体験によって伝えるものこそ真髄であるという意味の「不立文字(ふりゅうもんじ)」を原則にしており、展示品に何の説明もないというのは、鈴木大拙を記念する最も良い方法であると言えるだろう。

学習空間には、小さなカウンターがあり、鈴木大拙の名言が書かれた用紙が置かれている。その紙には、1つの名言が書かれているだけで、その他は真っ白の状態だ。

思索空間も小さく、畳敷きの椅子が置かれている。壁に向かってそこに座るものの、壁には書画などはなにもなく、ガラス越しに水境の庭が見える。風はなくても、水面に湧き出る泉があ数カ所あり、綺麗な輪が広がり、静かな空間を演出している。

数々の著作を残した仏教学者を、このように非常にシンプルな形で記念するそのスタイルに、感銘を覚えた。鈴木大拙が米国に渡って書籍の出版を行ったことや海外で数々の公演を行ったという輝かしい海外活動を紹介することも、そのたくさんの著作を展示して販売することも、有名人と一緒に映る写真が展示されていることもない。玄関の本棚に置かれている本も禅宗を普及させるための書物であって、鈴木大拙の著作ではない。

鈴木大拙が提唱する禅は、極めて簡素な生活理念で、自我を知り、自我に帰り、寛容と慈悲の世界に入るようにと説いている。「鈴木大拙館」を設計した建築家は、そのような鈴木大拙の精神を悟り、独特の世界観広がる同館を設計したのだろう。

鈴木大拙のことを知っているかに関わらず、ここに来た人なら誰でも、極めてシンプルであるにもかかわらずそこに秘める大きな力に心を揺さぶられ、生活態度や美的意識、人生観などの面で感じるものがあるに違いない。

中国の禅宗は、明(1368-1644年)の時代以降、衰退したものの、主要な宗派が日本に伝えられ、禅宗五家の曹洞宗や臨済宗は日本の仏教の主要な宗派となっていった。中国禅宗の開祖・菩提達磨(ぼだいだるま)の禅宗が中国で伝承され、日本にも伝えられたそれら過程をまとめ、それを英語の著書にして西洋で広めたのは、東アジアでは恐らく鈴木大拙しかいないだろう。

近年、中国の翻訳者がその英文の禅宗著作を中国語に訳して、中国の読者に紹介している。しかし、中国には中国の禅宗を研究する著作がまだほとんどない。

伝統をどのように研究、継承し、宣伝するかという点で、日本から学ぶ価値がある点が多々ある。(提供/人民網日本語版・編集KN)

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