<コラム>日本語にない韓国語の表現=「ヨク」は、けんかにも、呪いにも、情の通い合いにも使われる

木口 政樹    2016年12月6日(火) 0時30分

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韓国語で「ヨク」という単語がある。日本語で言えば「おまえ」「あほ」「おたんこなす」など、相手をののしりあしざまに言う言葉のことである。問題はこういう言葉をひとくくりで表す語が日本語にはないということだ。資料写真。

韓国語で「ヨク」という単語がある。日本語で言えば「おまえ」「あほ」「おたんこなす」など、相手をののしりあしざまに言う言葉のことである。問題はこういう言葉をひとくくりで表す語が日本語にはないということだ。

「悪口」という日本語があるが、これは普通、「あいつはうそばかりついている」とか、「おまえなんか、くそくらえだ」などのように相手をののしる文章そのものを指すのではないだろうか。「そんな悪口は言うなよ」と言えば、「彼のことに関してそんな表現で悪く言うのはやめろよ」というくらいの意味だと思う。「ばか」とか「あほ」という言葉そのものを表す語が日本語にあるのだろうか。言語学をなりわいとしている小生であるが、恥ずかしながらそれに該当する語を知らない。

私は韓国生活が30年近くになるが、韓国語のヨクについてはその一部しか知らない。日本語の「チェッ」に当たるヨクだけでも10個くらいはあるんじゃないだろうか。たいていは性や性器(それも女性性器)に関連するものが多いらしい。

韓国語そのものを研究する言語学者も多いが、その中にはヨクを専門的に研究している学者もいるという。そしてヨク専門の学会が韓国には存在するらしい。

韓国で生まれ韓国語がネイティブのわが娘(国籍は日本)は、父さん(私)がヨクを言わないから好きだという。私は知らないから言えないだけなのだが。母親(韓国人)に叱られる時はヨクを浴びることになり、かなりの痛手のようである。ダメージは2、3日続く。いいのか悪いのか分からないが、私の場合は知らないがために点数を稼いでいる勘定だ。

友達と会った時、特に男子高校生などはうれしさを表わすために互いにヨクを言い合うようだ。この前あるドラマを見ていたら5、6人の学生らが朝教室で顔を合わせる場面があった。高校生の頃は、友達とただ会っただけでもなんとなくうれしいものだ。この時の演出が振るっていた。学生らが何ら筋の通った話をすることなく、ヨクだけで数分間のシーンが構成されていたのである。これには驚いた。ヨクだけで成立する会話が、逆に深い親密感を表していた。

けんかにも呪いにも、情の通い合いにも使われるヨク。韓国語のヨクは生活の潤滑油として使われる側面が多分にある。交通事故現場での言い争いや、大の大人がけんかする場面でもヨクの言い合いっこをしながら、逆にお互いの興奮を冷ます働きもあるようだ。言葉は激しいがお互い手や足の暴力ではなくヨクをぶつけ合うことで、さらに大きな争いを予防する格好にもなっている。韓国語からヨクを取ってしまったら、彼らは一言もしゃべれなくなってしまうだろう。

ロシア語もヨクの多い言語として有名だそうだ。ゴーリキーがロシア語のヨクの多さを絶賛したという話もあるらしい。ロシア語の教授(韓国人)に聞いてみたことがある。ロシア語の博士ならロシア語のヨクなどさぞかし知っているだろうと思ったのだが、彼の言うにはほとんど知らないという。モスクワで7、8年勉強し、現地で言語学の博士号を取ってきた人なのだが。子どもの頃から現地に住んでネイティブとしてマスターしない限り、その言語のヨクは覚えられないものであるということをこの時初めて知った。

英語でも韓国語でも、言葉を学ぶという立場からすれば、どんな単語でも学びたいし覚えたいものだ。子どもが知っていて大人の自分が知らないという図式がどうにも我慢できないわけである。

これは私一人に限ったことではないと思う。誰だって学ぶ以上は「子ども」よりは上になりたいはずだ。スポーツやピアノやコンピューターといった技術・芸術系のものは、学べば子ども以上にはなる。が、言葉に限って言うと、頭が固まった大人になってからいくら学んでも決して子ども以上にはなれない。博士号を取ったとしても子ども以上にはなれない。そういう厳しい現実が言葉の世界にはある。

もちろん勉強さえすれば、理屈をこねくり回し論文を書き、博士号を取って専門家として一人前にやっていくことはできるから、それほど悲観すべきものでもない。けれどヨクをどれくらい知っているか、ことわざをどの程度知っているか、擬声語・擬態語をどれほど知っているかという言葉の奥深さの点になると、相手が子どもでも勝ち目はない。そのことが腹の底から納得できた時、その言語の専門家としての第一歩が踏めたと言えるのかもしれない。

■筆者プロフィール:木口政樹

イザベラ・バードが理想郷と呼んだ山形県米沢市出身。1988年渡韓し慶州の女性と結婚。三星(サムスン)人力開発院日本語科教授を経て白石大学校教授(2002年〜現在)。趣味はサッカーボールのリフティング、クラシックギター、山歩きなど。

■筆者プロフィール:木口 政樹

イザベラ・バードが理想郷と呼んだ山形県・米沢市出身。1988年渡韓し慶州の女性と結婚。元三星(サムスン)人力開発院日本語科教授、元白石大学校教授。趣味はサッカーボールのリフティング、クラシックギター、山歩きなど。著書に『おしょうしな韓国』、『アンニョンお隣さん』など。まぐまぐ大賞2016でコラム部門4位に選ばれた。

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