数え切れないほどの裏切りと絶望、韓国・朴槿恵大統領のこれまでを振り返る―中国メディア

配信日時:2016年11月4日(金) 5時40分
数え切れないほどの裏切りと絶望、朴槿恵大統領のこれまでを振り返る
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30日、中国国営新華社通信傘下の「環球雑誌」の副編集長、劉洪(リウ・ホン)氏が開設したウィーチャット(微信)公式アカウント「牛弾琴」は、韓国の朴槿恵大統領の人生を振り返り、数え切れないほどの裏切りにあってきたと指摘した。写真は朴大統領の中国語版自伝。
2016年10月30日、中国国営新華社通信傘下の「環球雑誌」の副編集長、劉洪(リウ・ホン)氏が開設したウィーチャット(微信)公式アカウント「牛弾琴」は、韓国朴槿恵(パク・クネ)大統領の人生を振り返り、数え切れないほどの裏切りにあってきたと指摘した。以下はその内容。

朴槿恵大統領は哀れだと思うこともある。早くに母親を失い、その後に父親も失い、弟や妹とも反目。家庭も子どももなく、まさしく「国に嫁いだ女性」だからだ。

だが「可哀想に見える人には自業自得なところがある」とも言われる。在任中の業績も芳しくなく、北朝鮮問題も処理できず、中国とも反目し、親友による国政介入問題まで現れてしまった。この不適任な大統領は直ちにその職から離れるべきだろう。

数え切れない裏切りに遭ってきた朴槿恵大統領は、韓国国民を裏切ってしまった。「身から出たさび」の朴氏を、同僚の杜白羽氏は次のように描いている。

物語は1974年8月15日から始まる。その日、朴槿恵氏の母親である陸英修氏は北朝鮮の工作員に暗殺された。「当時、テレビでは母親が殺害される場面が繰り返し流されていた。メディアが母の死を連続ドラマのように伝えるのを受け入れることは、とても残酷なことだった」。朴氏は当時をこう回顧している。

このつらい時期に、仏教・キリスト教・天道教を総合した新宗教「永世教」の開祖、崔太敏(チェ・テミン)牧師が現れた。宗教活動は自由なものだが、この創意と自由は時として、多くの国では邪教と称される。

崔太敏氏はファーストレディーを代行していた朴槿恵氏を「救国女性奉仕団」の名誉総裁に据え、自身は総裁として名声を得た。自らを「太子殿下」と称し、その職務と教派を利用して財を成した。

朴槿恵氏の父親である朴正煕(パク・チョンヒ)大統領(当時)は、中央情報部長だった金載圭氏の報告を受け、金氏に調査を命じた。だが最終的には朴槿恵氏の支持と証拠不足により、崔太敏氏が司法制裁を受けることはなかった。

朴槿恵氏の介入により金載圭氏は朴正煕大統領の信頼を失った。晩餐会で、叱責された金氏は大統領を殺害した。

「あまりに大きな衝撃を受けると、人は涙すら出ないと聞いていた。その夜、私はそのことを理解した。全身の感覚が徐々になくなり、めまいを起こさせるような夢の中に身を置いている感じだった」

両親を失った朴槿恵氏と弟妹は、青瓦台(大統領府)を離れた。朴正煕氏に対する誹謗流言が勢いを増す中、朴槿恵氏は悲しみの中で父親の名誉回復のための事業を開始した。

朴槿恵氏はエレベーターの中で父親の部下にあいさつしたが、終始無視されるということもあったという。「口と心が裏表で、自身の利益のために裏切りを選ぶ人を数多く見てきた」「父親への裏切りは止むことなく、何もせずただ傍観することはもはやできなかった」と朴氏は語っている。

そうした時期に、崔太敏氏はまるで「黒衣の騎士」であるかのように最も孤独な朴槿恵氏を支え、苦難における啓発と世話を通じて、朴氏の「指導者」となっていった。

1921年生まれの崔太敏氏はもともと問題のある人物だった。僧侶から牧師へと転身し、6回結婚。朴槿恵氏と男女の関係にあったとするうわさまで出回った。

数十年後の2006年5月20日、朴槿恵氏は統一地方選挙の支援遊説中に、カッターナイフ襲撃事件に遭遇し、右耳下から顎にかけて傷を負い、60針を縫う3時間もの手術を受けた。すでに世を去っていた崔太敏氏に代わり、朴氏に付き添った「身内」が、崔氏の五女の順実氏だった。順実氏は、朴氏の崔太敏氏に対する信頼を受け継いだ。

朴槿恵氏が実妹の朴槿令(パク・クンリョン)氏と疎遠である一方で、崔順実(チェ・スンシル)氏とは実の姉妹のようであったことは公然の秘密だ。

朴槿恵氏は最も信頼する崔順実氏に演説資料を事前に漏らし、崔氏から意見や感想を受けるまでになった。朴氏が日本の特使団と面談する際、「日本側が敏感な問題に言及したら、無言のまま微笑で応じる」などと、振る舞い方の指南を事前に受けることもあったという。

「もらったら返すのが礼儀」という言葉がある。朴槿恵氏は恩に感謝しそれに報いようとする人でもある。

杜白羽氏は次のように記している。

2013年4月、崔順実氏の娘である鄭ユラ氏が馬術の試合で好成績を収めることができなかった。これを受け、朴槿恵氏は担当者たちを「悪い人たち」と呼び、更迭を指示した。

2014年には日本の産経新聞が、朴槿恵氏がセウォル号沈没当日に崔順実氏の元夫で自身の秘書室長を務めていたチョン・ユンフェ氏と密会していたと報じている。

朴槿恵氏の(1979年の朴正煕大統領暗殺事件から97年末に政界に出てくるまでの)18年間の長い隠遁生活を知らずして、今日の朴氏を理解することはできない。「絶望は私を鍛えた」と語る朴氏は、この隠遁期にごく少数の親友と関係を維持していた。

崔順実氏に精神面で依存していた朴槿恵氏は、崔氏の問題が浮上するに至ると、かばうことを否定したばかりか、世論をこうした疑惑から改憲に向かわせようとさえした。

韓国国民を怒らせているのは、朴槿恵氏が行ってきた政治、安全保障、外交、対北、経済など多くの政策が、背後で公職に就いていない人物に操られていたということだ。

朴槿恵氏が長年の知人である崔順実氏に演説の草稿や政府の内部資料を渡していた問題で、調べを進めている検察は10月29日、大統領府高官らに対する強制捜査に踏み切った。韓国国内では朴氏に退陣を求める抗議集会が行われている。

韓国の現代史において、優秀の美を飾ることができた大統領はほとんどいない。朴正煕氏は暗殺され、金泳三(キム・ヨンサム)氏、金大中(キム・デジュン)氏、李明博(イ・ミョンバク)氏も親族による不正事件で謝罪することとなった。不正蓄財や収賄容疑により退任後に逮捕された盧武鉉(ノ・ムヒョン)氏は2009年に岩から飛び降りて世を去っている。

朴槿恵大統領の結末はどのようなものになるのだろうか。(翻訳・編集/柳川)
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