<書評>アベノミクスの「先兵」日銀を痛烈批判、「大量国債発行と大胆金融緩和という愚かな悪循環」―日銀元局長・磯部朝彦著『私の経済哲学原論』

八牧浩行    2016年3月21日(月) 9時40分

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日銀は「アベノミクス」の先導役として「異次元緩和」や「マイナス金利」などを華々しくぶち上げたものの、先行きに赤信号が点灯。金融政策の政治からの中立性が問われている。かつては日銀にも、通貨価値の安定に向け奮闘したセントラルバンカーが多かった。

世界的に通貨の番人、中央銀行の政策の多くが「政治のツール」と化し、本来あるべき「独立性」が揺らいている。安倍政権の経済政策「アベノミクス」の先導役として「バズーカ異次元緩和」や「マイナス金利」などを華々しくぶち上げたものの、先行きに赤信号が灯っている日銀金融政策も例外ではない。しかしかつては日銀にも、金融の中立性を守り、通貨価値の安定に向け奮闘したセントラルバンカーが多かった。

このほど『私の経済哲学原論』を刊行した磯部朝彦氏もその一人だ。1956年日本銀行入行。国際通貨基金(IMF)に7年間出向(ワシントン、ジュネーブ)後、日銀ロンドン駐在参事(支店長)、本店局長などを経て、日立総合計画研究所社長、金融庁金融再生委員会委員などを歴任した金融のプロである。

◆日銀・IMF時代の逸話満載

この本は磯部氏の日銀とIMFでの豊富な経験をもとに書かれた渾身の書。世界の金融市場を動き回る巨額な短期流動資金への対策も提示されている。実需の貿易取引に必要な資金決済に適用される為替相場とそれ以外の資金取引に適応される為替相場を分離するという大胆な構想である。IMF出向時代の上司であったアルトマンIMF財務局長が考案したIMF特別引き出し権(SDR)の創出に著者が大きく関与した逸話も興味深い。

IMF勤務時代に、地味な統計処理の中から、360円を境にする微妙な円安から円高への振れを発見、数年後のいわゆる“ニクソン・ショック”(1971年8月)につながる歴史的な兆候の発見だったと著者は記している。

 

ニクソン・ショック後、主要国は1973年12月のスミソニアン合意によってドルと各国通貨の新たな固定レートを決めた。1ドル=360円から308円への大幅な円切り上げである。ところがドル売りの勢いはさらに激しくなり、1973年3月、ほとんどの先進国が変動相場制に移行、スミソニアン体制は1年3カ月で終焉した。固定相場制から変動相場制への移行を決定した同年のパリでのIMF会議に、佐々木直日銀総裁(当時)に随行したのが磯部氏である。

電撃的な「金とドルの交換停止と輸入課徴金」を表明したニクソン・ショックの際、欧州主要国が軒並み市場を閉鎖した中で、日本だけが市場を閉めずに、1ドル=360円でドルを買い続けた。大幅減価が必至のドルを買い支え続け、総額は10日間で40億ドルにも上った。

当時の出来事について、「この流れの中で、日本は急激に進む円高を最小限に抑え、当面の利益を確保しようとして、大量の国債発行と大胆な金融緩和という愚かな行動を何度も繰り返す悪循環にはまった」と指摘した上で、「現在の安倍政権のやっていることと同じである」と断じている。評者は通信社の日銀、大蔵省(財務省)担当記者時代やデスク、部長時代も含め、長年財政金融政策を取材してきたが、まったく同感である。

著者は、安倍政権の経済政策であるアベノミクスの異次元金融緩和について、次のように一刀両断する。

「中央銀行総裁が、たとえ政府からの要望とはいえ、中央銀行にのみ与えられている信用量の調節権限を利用して、物価の2%上昇を達成させようとしている。それがあたかも国民の総意であるかのように、いや国民の心配をよそに、頑なにその実行を固持しようとすることは、自らの準公務員義務放棄とみなされても仕方ないのではなかろうか。国ないし中央銀行やその他金融当局が、なるべく自国の為替レートを自国からの輸出を有利にするため、過度に操作するようなことは、国際的に見ても、ルール違反も甚だしいのである」。

この指摘もうなずける。歴史的に見て、中央銀行には緩和的な金融政策運営を求める圧力がかかりやすい。特に日銀は、財政赤字の穴埋めに通じる国債買い入れや、株価引き上げを目的とした、事実上の上場株購入など本来「禁じ手」とされる手段に手を染めている。このままでは、経済全体が機能不全に陥ってしまう。多くの先進国で中央銀行の独立性が保障されているのは、金融政策は専門的な知識に基づいて常にマーケットと向き合い、長期的に整合的な運営をする必要があるからだ。

◆人間重視の経済哲学を!

本書の神髄は、「人間重視の経済学」の復活を謳っていることである。以下のように問題提起する。

「現在の世界経済の姿を端的に表現するのであれば、“18世紀後半からの自由主義、資本主義、利益主義(アメリカがその先導者とも言える)を主体とする経済原理”と言えばもっともらしいが、秒ごとに変化するパソコン画面の数字に一喜一憂し、誰が得をして誰が損をしたかが、現在の経済の主眼となっていないだろうか」。

「今の世の中(世界経済)を簡単に表現するならば、“人間の幸福”などとは程遠く、利益主義が暴走し、腹を空かせ歯止めのきかなくなった猛獣と同じように思えるのである。今の経済社会は人類(ひいては地球の未来)の幸せなどこれっぽちも考えていやしない、まさに“他という相対”を忘れ、“個という絶対”的な幸福のみを追求する時代になってしまっている」と慨嘆。その上で、「“人類の幸福や未来”に経済学という一つの哲学が、どれほど密接に影響するものか、そろそろ社会全体で認識すべき時が来ているように感じる」と記している。

具体的に「世界は、発展途上国を中心とした人口増加、食糧など天然資源の限界などに直面している」とし、「この問題の解決にあたって、人類は決して過去に犯した過ち、すなわち武力による抗争を繰り返すことだけは絶対に避けなければならない」と力説する。

さらに、「福祉、厚生、衛星、生存、幸福、と言ったキーワードと結びつく経済学を、新たな学問として世にうって出るエコノミストを切望する」と強調。社会と経済を結び付けた英国出身の古典経済学の父祖アダムスミスを敬服する著者は、「出でよ!現代のアダムスミス」と呼び掛けている。数々の国際金融交渉に立ち会った著者ならではの“警世の書”として広く読まれるべきであろう。(評・八牧浩行

<磯部朝彦著『私の経済哲学原論』(八朔社、1800円税別)>

■筆者プロフィール:八牧浩行

1971年時事通信社入社。 編集局経済部記者、ロンドン特派員、経済部長、常務取締役編集局長等を歴任。この間、財界、大蔵省、日銀キャップを務めたほか、欧州、米国、アフリカ、中東、アジア諸国を取材。英国・サッチャー首相、中国・李鵬首相をはじめ多くの首脳と会見。東京都日中友好協会特任顧問。時事総合研究所客員研究員。著・共著に「中国危機ー巨大化するチャイナリスクに備えよ」「寡占支配」「外国為替ハンドブック」など。趣味はマラソン(フルマラソン12回完走=東京マラソン4回)、ヴァイオリン演奏。

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