<中国は今!>習近平のアメリカ帰りの娘、父親が青春時代過ごした田舎の村を「汚い」と一言―視察は中止に

Record China    2015年4月18日(土) 14時3分

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中国の習近平国家主席の一人娘、習明沢さんが今年2月、習近平氏の地方視察に、母親の彭麗媛さんとともに同行していたことが分かった。写真はハーバード大学の卒業式に参加した習明沢さん=香港紙「明報」から。

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中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席の一人娘、習明沢(シー・ミンザー)さんが今年2月、習近平氏の地方視察に、母親の彭麗媛(ポン・リーユエン)さんとともに同行していたことが分かった。しかし、明沢さんは習氏が15歳から7年間過ごした陝西省の農村を視察した際、いまだに洞窟を家代わりに使ったり、アスファルト舗装がしていない道などを見て、あまりの非近代的な生活にショックを受け、「こんな田舎にいたくない」などと視察を拒否していたことを北京の消息筋が明らかにした。

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習氏らは春節(旧正月)前の2月13日から16日までの4日間、文化大革命(1966-76年)の7年間、「農民とともに労働して社会主義の精神を学ぼう」などという毛沢東(マオ・ザードン)主席の提唱によって下放されていた陝西省を訪れた。

陝西省はシルクロードの起点で、砂埃が舞う「黄色い大地」と呼ばれるが、習氏は手記やインタビューなどで、「この黄色い大地で私の人生の根幹ができあがった」などと当時の生活を懐かしんでいる。

当時は水道も電気も通っていない農村地帯で、習氏は正体不明の虫に刺されて、身体全体が真っ赤に腫れるなどの奇病も経験しており、いまでは電気や水道は通っているものの、村には水洗トイレはなく、いまでも貧困地帯であることは間違いない。

習氏の娘の習明沢さんは幼いときから都会暮らしで、昨年5月まで米ハーバード大学に4年間留学しており、典型的な都会派。それだけに、陝西省の農村部の視察はお気に召さなかったらしく、村に着いたとたんに、「もう、ここにいたくない」と駄々をこねて、母親の彭麗媛さんを困らせたという。

このため、彭麗媛さんと明沢さんの2人は視察を中止し、その日の宿泊先になっている西安のホテルに向かうことにして、習氏だけが村での視察を続けることになった。

このため、本来ならば、親子3人で訪問する予定だった共産革命の重要歴史博物館も習氏が1人で回ることになり、家族の仲の良さを演出する試みも計画倒れになってしまった。

習氏も文革で下放された当初、北京で生まれ育った習氏には田舎暮らしが耐えられず、半年間で北京に逃げ帰り、叔父夫妻に説得されて、渋々戻ったという「前科」がある。このため、習氏は娘の明沢さんの気持ちを推し量り、一切怒らなかったという。

◆筆者プロフィール:相馬勝

1956年、青森県生まれ。東京外国語大学中国学科卒業。産経新聞外信部記者、次長、香港支局長、米ジョージワシントン大学東アジア研究所でフルブライト研究員、米ハーバード大学でニーマン特別ジャーナリズム研究員を経て、2010年6月末で産経新聞社を退社し現在ジャーナリスト。

著書は「中国共産党に消された人々」(小学館刊=小学館ノンフィクション大賞優秀賞受賞作品)、「中国軍300万人次の戦争」(講談社)、「ハーバード大学で日本はこう教えられている」(新潮社刊)など多数。

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