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福建省の郷土料理「太平燕」、熊本県のご当地グルメに!?―中国紙

配信日時:2015年3月25日(水) 19時36分
福建省の郷土料理「太平燕」、熊本県のご当地グルメに!?―中国紙
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23日、「熊本名物『太平燕』のネット販売が始まった!」という書き込みが、今月19日にネットに投稿された。このニュースを見た福建省福州市の人々は、「これは、福州の特産だろう?なぜ熊本県のご当地グルメになってるんだ?」と突っ込みの声をあげている。
2015年3月23日、「熊本名物『太平燕』のネット販売が始まった!」という書き込みが、今月19日にネットに投稿された。このニュースを見た福建省福州市の人々は、「これは、福州の特産だろう?なぜ熊本県のご当地グルメになってるんだ?」と突っ込みの声をあげている。さらに、「日本に著作権を請求しろ」と騒ぎ出す人まで出ている。多くの人が疑問の声を投げかけていることから、太平燕について調べてみた。すると、驚くべきことに、太平燕は日本の熊本県の名物というだけでなく、熊本県の3大郷土料理の一つとして売り出されていた。東南快報が伝えた。

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■福州と熊本の太平燕は何が違うのか?

日本の太平燕には「肉燕」(豚肉を叩き潰してサツマイモのでん粉と一緒に練り込んだ豚肉入りワンタン)は入っておらず、春雨が用いられている。日本のオンライン通販で見つけた熊本名物の太平燕のパッケージはどこかインスタントラーメンに似ている。1つ540円で、高菜とんこつ味、白湯とんこつ味、エビ・チキン味など、数種類の味付けがある。

ネットユーザーによると、熊本の太平燕は福州の太平燕と同じ名前ではあるが、作り方や味はかなり異なるという。日本の太平燕は「肉燕」が入っておらず、食べ方はインスタントラーメンに似ている。お椀に太平燕を入れ、熱湯を注ぎ、3分間待った後、最後に薬味や味付けの粉末を入れて完成だ。他にも、日本の太平燕を食べたことがあるネットユーザーは、朝食に利用する以外に、午後のおやつ替わりに食べてもいいと勧めている。味はインスタントラーメンと同じで、辛いものもあれば、あっさりした味もあるという。

■2種類の太平燕はどのような起源があるのか?

日本のメディアによると、太平燕は、福州出身の華僑が日本に伝えたという。熊本県では太平燕について、「酒の酔い覚ましに、太平燕を食べるといい。太平燕は春雨の野菜スープで、あっさりして食べやすく、熊本県人の『郷土の味』として親しまれている。また太平燕は地元の学校給食の献立にも取り入れられている」という。

報道では、「太平燕」は日本で生み出されたのではなく、熊本県で中華料理店を経営していた趙慶餘(ジャオ・チンユー)さん(1973年没)が日本に伝えたものだと強調していた。趙さんは福建省福州市出身で16歳の時に単身日本に移り住んだ。福州市の春節(旧正月)や結婚式で出される料理、太平燕に改良を加え、レストランのメニューに出したところ、他の中華料理店にも伝わっていったという。その後、趙さんは太平燕の作り方を学校の調理師に伝えたり、日本の高校の家庭科の授業で教えたりしたことから、太平燕は人々の家庭の食卓にも広がっていった。

現在、熊本市は「太平燕」を「辛子蓮根」や「馬さし」と並ぶ熊本の3大郷土料理として売り出しており、太平燕は日本国内でも有名になりつつある。

福州市の飲食業協会の郭仁憲(グゥオ・レンシエン)会長は、「福州における現在の太平燕はさまざまな具材を入れたスープの形となっているが、伝統的な福州の太平燕は扁肉燕とアヒルの卵だけが入ったものが標準的な太平燕と呼ばれる」と説明した。また、日本の太平燕と福州の太平燕の起源については、研究したことはないという。

■福建省から日本に伝わった料理は他にもあるのか?

うどん、そうめん、ちゃんぽんなどは福建料理が起源だと考えられる。ネットユーザーは太平燕以外にも多くの「日本料理」が福建料理から派生したものだと指摘している。あるネットユーザーは、「日本で『線麺』のことを何というか知ってる?答えは、ソーメン、福州人ならみんな聞き取れる」と書き込んでいる。実際、ある資料によると、日本の3大麺の1つである、そうめんは、おそらく福州の『線麺』(福建の方言でso-miengと発音)である可能性が高いという。両者は名前や味、製造工程も非常によく似ている。

またある資料によると、かなり昔から、福建と日本は言葉から食べ物まで多くの共通点があるという。福州から伝わった日本の食べ物には、そうめん、チャンポン、太平燕などがある。

主に東京と長崎に伝わったちゃんぽんは、長崎市に現存する中華料理店「四海楼」の初代店主、陳平順(チェン・ピンシュン)という華僑が生み出したという説がある。また、日本のうどんは、2013年9月に東南快報が報道したとおり、福建省三明市龍渓県出身の博樹華(ボー・シュウホア)が考案したもので、おそらく三明龍渓の切麺(小麦粉を麺棒で伸ばし包丁で細切りした麺)がもとになっているという。平安時代初期の僧、空海が唐時代に中国から日本に持ち返ったとされる。しかし、中国本土の美食家や研究者はこの言い伝えは考証したことがないと語っている。(提供/人民網日本語版・翻訳/MZ・編集/武藤)
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