アンディ・ラウの「最強ストーカー」が再登場、父親自殺からの7年を語る―中国

Record China    2014年10月4日(土) 12時50分

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3日、香港の俳優アンディ・ラウの「最強ストーカー」として話題になった中国在住の女性が、インタビュー番組に出演してこの7年間を語った。

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2014年10月3日、香港の俳優アンディ・ラウ(劉徳華)の「最強ストーカー」として話題になった中国在住の女性が、インタビュー番組に出演してこの7年間を語った。新浪が伝えた。

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アンディの「最強ストーカー女」として、2007年に日本でも大きな話題を集めたのが、甘粛省出身の楊麗娟(ヤン・リージュエン)さん。10代の頃からアンディにのめり込んで学校に行かず、20歳だった1997年、アンディに一目でも会うため一家で香港に出かけたのがストーカー人生の始まりだった。

03年にはアンディの追っかけ費用を娘に与えるため、両親が自宅を売却。06年には父親が腎臓を売って費用を作り、07年3月に初めてアンディと対面できた。だがその翌日、父親は「アンディが単独で会ってくれなかった」などの抗議を記した遺書を残し、海に飛び込んで自殺している。

東方衛星テレビのインタビュー番組に出演した楊麗娟さんが、この7年間を語った。現在は甘粛省蘭州市でボランティアをしているという。過去に集めたアンディの写真や雑誌は「全部捨てた」といい、「すでに暗い過去から抜け出した」と語っている。この7年間、何より苦しかったのが父親への思いと後悔だった。番組では父親への手紙を読み上げ、号泣する場面もあった。

「最強ストーカー」として常軌を逸した行動に出たことは、「自分の勝手なこだわりにも大きな責任があるが、メディアが寄ってたかって事を大きくした」と指摘。「当時はメディアの力を借りてでも、アンディに会いたいと思った。『会わせる』というので喜んでいると、アンディのそっくりさんがやって来た。人をバカにしていると思い、両親と一緒に激怒した」と語っている。

「アンディが単独で会っていれば悲劇は起こらなかったのか?アンディに責任を問いたいか?」の質問には、「当時の自分は小さな願いを持っていただけで、メディアが書き立てたような願望はなかった。結局は最終的に、メディアに追い詰められたんだと思う」とコメントしている。

とは言え、アンディに対する一方的な執念は消えていない様子。「アンディに熱を上げるのは間違ってるの」と、司会者に対して熱っぽく訴えていた。(翻訳・編集/Mathilda

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