岸田政権、「新しい資本主義」で成長・分配両立めざす=米中も「格差是正」「共同富裕」を推進

八牧浩行    2021年10月20日(水) 7時20分

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岸田新政権がスタートした。岸田首相は「新自由主義的政策を転換する」とし中間層への分配を手厚くする「令和版所得倍増」を目玉に掲げる。「格差是正」は日米中はじめ世界各国の共通の課題である。写真は岸田首相。

岸田文雄新政権がスタートした。岸田首相は「新自由主義的政策を転換する」とし、中間層への分配を手厚くする「令和版所得倍増」を目玉に掲げる。岸田首相は10月18日に日本記者クラブで開かれた衆院選党首討論会で、最もアピールしたい点として、「新しい資本主義」を「コロナ対応」「外交・安保」とともに強調。「新型コロナウイルス対応は病床確保と合わせ、大型の経済対策を用意。成長と分配の好循環で所得を上げる」と語った。「新しい資本主義」を掲げ経済成長と分配の両立をめざすが、ハードルは高い。

◆格差是正は日米中共通の課題

岸田首相が会長を務める「新たな資本主義を創る議員連盟」は、日本資本主義の父と呼ばれる渋沢栄一の思想に共鳴する議員の集まりである。渋沢は著書『論語と算盤』で道徳と経済の統一を唱え、利潤の追求だけでなく、公益を重視する経済の確立を訴えた。

格差問題は日本だけでなく世界主要国で最大の課題だ。フランスの経済学者トマ・ピケティ氏のベストセラー「21世紀の資本」の問題意識も同じである。同書によると、株式や不動産などの資産から得られる利益の伸びは、長い目で見れば賃金の上昇率を上回る。資本主義の下では資産を持つ人に富が集まり、資産をもたない人との格差は必然的に広がり続けるという結論を導き出した。

ピケティ氏はこの問題を解決するための処方箋として、国際協調による資産課税の強化を提唱。新自由主義を見直す世界的な潮流となった。バイデン米大統領は格差是正の観点から富裕層増税に動く。中国の習近平国家主席も「共同富裕」を提起し、トウ小平氏の改革開放路線を転換しようとしている。

◆「令和版所得倍増」ハードル高く

岸田首相が打ち出した「令和版所得倍増」は、首相が所属する宏池会の創始者池田勇人元首相が昭和30年代後半に掲げブームとなった「所得倍増計画」の令和版で「二匹目のドジョウ」を狙うがハードルは高い。 

池田氏の所得倍増計画が成功した背景には、先進各国から高度な技術や設備機械を導入できたことが大きい。地方から都市に向かう労働力の拡大や、教育水準の向上も成長の背景となった。ところが現在の経済環境は60年以上前の当時とは様変わり。成熟社会が進行する中、独自のイノベーションを起こし、新たな成長の芽を育てなければならない。急激な人口減少も成長には逆風となる。 

岸田首相は「新しい資本主義」の実現を訴えたが、その具体像はあいまいである。「成長と分配の好循環が新しい資本主義のコンセプト」と説明したが、「成長と分配」は安倍政権も使った言葉で、相違ははっきりしない。

成長戦略の具体的な目玉政策に乏しいのも気がかりな点。菅義偉前政権では、不妊治療への保険適用拡大や携帯電話料金の引き下げ、デジタル庁の設置など、成長につながる具体的な短期目標を提示し、実際に道筋をつけた。岸田政権には、単なるビジョンを超えた具体策が望まれる。

◆「アベノミクス」、トリクルダウン起きず

岸田首相は安倍晋三政権が掲げ、菅政権も引き継いだ経済政策「アベノミクス」を念頭に、「新自由主義的な政策は富める者と富まざる者との分断を生んだ」と語った。成長の恩恵を中間層に手厚く分配することで消費を盛り上げ、成長につなげていく戦略である。

アベノミクスは大規模な金融緩和、機動的な財政出動、成長戦略の「三本の矢」を推進したが、富を国民に行き渡らせる「トリクルダウン」は起きなかった。これに対し、岸田首相は「分配なくして次の成長はない」と指摘。分配政策の強化によって消費を盛り上げ、新たな成長につなげる考えを示している。

具体的には、看護師らの給与引き上げのほか、賃上げした企業への優遇措置や、「富裕層優遇」との指摘がある金融所得課税の見直しにも言及した。金融所得課税の強化は株式投資家を直撃するためこの発言直後に東証株価が急落。これを受けて岸田首相が強化方針の撤回に追い込まれた。これは「新しい資本主義」の理念の実現へのハードルが高いことを予感させる出来事である。

◆先端技術開発へ大規模投資

明確な成長戦略が描けなければ、将来を見通せず、家計も企業も大胆な投資はできない。手厚く分配しても、貯金や企業の内部留保としてたまるだけという悪循環に陥ってしまう。規制緩和や構造改革路線に代わる新たな戦略でどう成長を実現するのか。岸田首相はデジタル、グリーン(地球環境保護)、人工知能(AI)、量子、バイオ、宇宙など先端科学技術の研究開発に大胆に投資し「民間企業を全力で応援する税制を実現していく」と述べている。

こうした中、財源や規制改革への踏み込み不足は否めない。岸田政権は大型財政支出による景気浮揚を目指すが、安易なばらまきで規模を膨らませるのは厳に慎まなければならない。財務省の矢野康治事務次官は月刊誌「文芸春秋」(11月号)で、衆院選などに絡む政策論争を「ばらまき合戦のようだ」と批判したが、勇気ある「正論」である。岸田首相が「いったん方向が決まったら関係者はしっかりと協力してもらわなければならない」と早速クギを刺したがこれも「前途多難」を予見させる。

分配を通じて格差を縮め、公益を重視する「新しい資本主義」の前途に高い「壁」が立ちはだかる。経済未曽有の財政赤字と低い潜在成長率にあえぐ日本にとって、経済改革は待ったなし。不退転の決意で、早期の具体化と実行を期待したい。

■筆者プロフィール:八牧浩行

1971年時事通信社入社。 編集局経済部記者、ロンドン特派員、経済部長、常務取締役編集局長等を歴任。この間、財界、大蔵省、日銀キャップを務めたほか、欧州、米国、アフリカ、中東、アジア諸国を取材。英国・サッチャー首相、中国・李鵬首相をはじめ多くの首脳と会見。東京都日中友好協会特任顧問。時事総合研究所客員研究員。著・共著に「中国危機ー巨大化するチャイナリスクに備えよ」「寡占支配」「外国為替ハンドブック」など。趣味はマラソン(フルマラソン12回完走=東京マラソン4回)、ヴァイオリン演奏。

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