八牧浩行 2020年11月2日(月) 7時30分
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米中の対立が世界を覆っている。世界は再び米ソ冷戦期のように二つの陣営に分裂してしまうのか。米国が「対中包囲」を仕掛け、中国が防戦に追われる図式が強調されるが、実態を探ると「逆回転」の様相である。
米国と中国との対立が世界を覆っている。世界は再び米ソ冷戦期のように二つの陣営に分裂してしまうのか。同盟国・米国と最大の貿易・投資相手国・中国との狭間で、日本は難しい選択を迫られる。多くの米国情報が溢れる日本では、米国が「対中包囲」を仕掛け、中国が防戦に追われる図式が強調されるが、実態を探ると「逆回転」の様相を呈している。
10月下旬に開催された中国共産党の第19期中央委員会第5回全体会議(5中全会)は、「第14次5カ年計画」(2021~25年)の骨格を決め、2035年に「1人当たり国内総生産(GDP)を中等先進国並みにする」との目標を掲げた。消費など内需の拡大と対外貿易維持の両立を志向する「双循環」(2つの循環)経済をめざすという。世界最大の14億人の人口パワーをテコに、国家資本主義と計画経済を融合するシナリオは達成可能か。
「5中全会」のコミュニケによると、中国の1人当たりGDPは2019年に1万ドル(約105万円)を超えた。中等先進国は3万ドル(約330万円)前後のイタリアやスペインが念頭にある。コミュニケは4億人以上の中間所得層も「目に見えて拡大する」とし、米国とのIT摩擦を念頭に「コア技術で重大なブレークスルーを実現する」と明記された。
1980年代にトウ小平氏がけん引した「改革開放路線」は、外資を取り込み「世界の工場」として輸出主導で高速成長した。改革開放の前提は安定した米中関係だったが、貿易戦争や米国との覇権争いで見直しを迫られた。「2つの循環」は改革開放からの大きな路線転換といえる。
◆米国覇権の「衰退」を視野
5中全会コミュニケは「国際的なパワーバランスは深刻な調整がある」とし、米国覇権の衰退も示唆した。「機会と試練に新たな変化がある」と指摘し、国際秩序が流動化しても自力で安定成長できる経済をめざすという。まず内需の拡大を急ぎ、「消費を全面的に促進し、投資の余地を切り開く」と明記。中国の個人消費はGDPに占める比率が39%にとどまる。5~7割の日米独を大きく下回っており、伸ばす余地が大きいとされる。さらに「科学技術を自力で強化する」と強調し、先端技術の内製化を進める。米国の対中禁輸も意識し「サプライチェーン(供給網)の水準を明らかに高める」という。
中国は2050年までに米国に代わる超大国になることを目標に掲げ、米国の警戒心に火をつけた。このままでは従来の覇権国家と新興の2番手国家が衝突する「トゥキディデスの罠」に突き進むとの懸念も根強いが、米ソの東西両陣営が交わりを断って鋭く対立した20世紀後半と異なり、今の米中は深い相互依存関係にあるのが米ソとの決定的な違いだ。米国は慌てて世界の通信網や海底ケーブルなどから、中国排除に動くが手遅れの感は否めない。
◆中国、アジア・南米・アフリカに迫る
米中対立の長期化を見越し、中国はアジア、中南米、中東、アフリカを中心に支持を固めている。広域経済圏構想「一帯一路」、アジアインフラ投資銀行(AIIB)、中国、ロシア、インドなど8カ国で構成する上海協力機構のほか、中東欧や南米など世界各地で多国間の枠組みができている。今年1~6月の中国貿易統計によると、コロナ禍の下、ASEANとの貿易額がプラスを維持し、国・地域別で欧州を抜いて初めてトップになった。
さらにアフリカ、中東、南米諸国の多くがファーウェイに代表される、中国の安価で高性能のハイテク製品への依存を深めている。アフリカの4G基地局の7割はファーウェイ製で、5Gへの転用を考えれば脱ファーウェイは非現実的。ジンバブエやベネズエラ、イランなど60カ国以上が中国と契約し、AIを使った中国流の都市監視システムを導入する。
中国企業は5G対応機器、高速鉄道、高圧送電線、再生可能エネルギー、デジタル決済、AIなど広範囲にわたり世界をリードしつつある。低成長に苦しむ国々にとって、中国の巨額投資や巨大市場は魅力的だ。
途上国を中心とした大半の諸国は民主主義や人権にはあまり関心がなく、重視するのは「経済」。コロナ禍でその傾向が強まっている。多くの国にとって最大の貿易投資国は中国であり、本土との窓口である香港にも世界各国の多数が進出している。
◆露呈した世界各国「米中との距離」
中国が制定した香港国家安全維持法について協議した国連人権理事会(6月末)は世界各国の「米中との距離」を象徴する舞台だった。議決の結果、キューバやパキスタンなど53カ国が「香港情勢は中国の内政であり外部の干渉は許さない」という中国の立場を支持。同法への反対表明は半数の27カ国にとどまった。アジアから反対表明に賛成したのは日本だけ。東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国や韓国、インドは声明に加わっていない。中国の外交関係者は「米国はしょせん自国第一で動いており、多くの国は追従しない。対中封じ込めは突破できる」と自信を深めている。
米有力調査会社ピュー・リサーチ・センターが同盟国13カ国の成人1万3273人を対象に最近調査した結果によると、「世界経済のリーダー」を問う質問に対し、日本では53%が米国、31%が中国と回答。韓国は77%が米国、16%が中国と回答した。一方、ドイツ、英国、スペイン、イタリアなど欧州10カ国では中国が最多、米国と隣接するカナダも中国が47%で米国(36%)より多かった。13カ国の平均は中国が48%、米国が34%だった。「多国間貿易を守る中国と、保護貿易掲げ自国第一を貫く米国の対外経済政策の違いが反映された」(同センター)とみられている。
◆日本はじめ大半の国、中国は最大の貿易相手
日本でも財界トップや製造・金融・流通・観光業界首脳は日本経済の成長戦略を、最大の貿易投資相手国である中国との連携強化を主軸に描いている。中西宏明経団連会長は「日本の隣国の中国とは歴史的な絆があり、その時々の政治によって数十年かけて築いたビジネスのパートナーシップの成功を覆すべきでない。人口14億人の中国市場は重要だ」と語る。
日本企業の対中貿易(香港含む)はほぼ均衡し、産業補完性も高まっている。品目別では、自動車部品、半導体部品、化学製品、医薬品などで日本の輸出競争力が高く、衣類、食料品、情報通信機器は中国の競争力が高い。経済産業省の海外事業活動基本調査によると、日本の製造業の多くは、中国に設立した現地法人の売上高を伸ばしている。
中国は米中対立を和らげるため日本との協力強化を模索している。19年の日本の対中輸出入額は33兆1357億円で、全体の21・3%を占め最大だ。帝国データバンクによると中国進出企業は約1万3600社超、中国関連ビジネス企業は3万社以上。人口減と低潜在成長率にあえぐ日本にとって、有力な成長戦略であるインバウンド中国人訪日客へのコロナ後の期待も大きい。経団連幹部は「なしで成り立たない」と話す。
日本企業を対象とした中国市場の重要性に関する調査によると、中国市場について「今後さらに重要性を増す」「今までと同程度に重要性を維持する」との回答を合わせると7割以上に達する。20年上半期の日中貿易統計を見ても、日中間のサプライチェーンは最適化され安定した状態にある。
トランプ大統領は「中国から生産拠点を米国に戻し、米国を製造業大国にする」と豪語するが、現状では掛け声倒れ。在上海アメリカ商工会議所の調査によると、中国で事業を展開しているアメリカ企業の70%以上が、生産拠点をアメリカに戻す計画がないことが分かった。「依然として中国市場は大きなチャンスであり、米中政府の関係修復を望む」(ギブス同会議所会頭)と訴える。
◆30年までに米中経済逆転
コロナ禍への対応で米中経済は明暗が分かれた。20年4~6月期の中国GDPは前年同期比3・2%増と先進国に先駆けてプラス成長を確保した。米国ではコロナ感染者が増え続け、同期の米GDPは年率換算で前期比32.9%マイナスと、統計開始以来の落ち込みを記録。消費支出も年率34・6%マイナスとなった。7~9月期の米GDPは、前期比年率換算で33.1%増加した。ただ、実質GDPは18兆5840億ドル(年率換算)と前年同期比で2.9%マイナス。コロナ危機前の19年10~12月期比でも、3.5%マイナスにとどまった。
中国国家統計局発表の2020年7~9月の実質GDPは前年同期比4.9%プラス(中国はGDP年率換算を発表していない)主要国で唯一プラスとなった。投資や輸出がけん引役し、伸び率は4~6月(3.2%)より拡大した。他国に先駆けて経済は正常化しつつある。
国際通貨基金(IMF)など有力国際機関の予測を分析すると、米中経済のGDP経済規模は30年までに逆転する見通しだ。経済力の実態を示す購買力平価方式では14年に米中が逆転した。米国には経済覇権を握られることへの焦りもある。
◆IMF成長予測、中国は21年8%
IMFの予測が先週改定された。注目は中国経済の復活ぶりである。2021年に8%成長となり、米国の経済規模の4分の3以上に迫るという。経済力の実態に近い購買力平価換算では既に米中規模が逆転したとされる。徹底した新型コロナウイルス感染抑制が「中国一人勝ち」の最大の要因。中国では新規感染者数がほぼゼロまで減少、いち早く危機を封じ込めた。
IMFの予測通りに推移すれば、米国のGDPは単純計算で21年に21.2兆ドル、中国は15.8兆ドルとなる。中国の経済規模は金融危機の08年時点で米国の3分の1以下(31%)だったが、21年には75%を超えるという。予測通りに推移すれば2030年までに米国を追い抜くのは確実とされる。
世界の大半の国々にとって、米国か中国かの選択は悩ましい。米国と距離を置く国だけでなく、日本をはじめ米同盟国の多くも国際協調の枠組みに立ち戻るべきだとの考えである。グローバル化した「世界経済」を考えれば、力による対決ではなく協調による共存こそが世界の発展に繋がる。
米国は「安全保障重視」を掲げるが、中国は世界最多の人口パワーを背景に、AI(人工知能)などの分野で、すでに米国を追い越したとされる。その優位性は「デジタル独裁国家」とも呼べる中央集権的なデータ収集・管理システムにある。中国は中央銀行デジタル通貨の導入を計画、現行の国際金融決済ネットワークとドル本位制度の打破を目指している。
一方、米国は安全保障の観点から、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)など巨大IT企業を巻き込み、個人情報管理を狙う。また民主主義十カ国(G7+韓国、インド、オーストラリア)と連携し、「安全保障」を理由に中国企業を米産業サプライチェーンからの締め出しを狙っている。
◆日本はTPP、RCEP主導を
財務省が発表した9月の貿易統計によると、対中国の輸出額は前年同月比14.0%増の1兆3417億円。半導体製造装置や自動車などの輸出が伸びた。伸び率は2018年1月(30.8%増)以来の大きさだった。中国工業生産は順調に拡大。自動車やスマホの生産が全体をけん引している。日系自動車大手4社の中国市場における新車販売台数は前年実績を上回り、全社がプラスを達成した。
アジア太平洋の経済相互依存で、日本は絶好のポジションに位置する。米国が離脱した環太平洋経済連携協定(TPP)と中国、韓国、東南アジア、インドなどが加わる東アジア地域包括的経済連携(RCEP)をともに推進し結合させればこの地域の繁栄と安全に繋げられる。
菅首相は日米同盟を基軸としながら、中国とも経済を中心に協調する戦略を描く。安全保障を依存する同盟国・米国と最大の経済貿易相手国である中国との狭間で、激動の国際情勢を冷静に見据えた戦略を描くことになろう。
コロナ禍で世界経済は大きな転換点を迎えている。ダイナミックな変貌から目を離せない。米中経済の逆転が取り沙汰される局面では一方的な「対米依存」は国益にとってリスクにもなる。「親米リアリズム」と中ロ欧州など「ユーラシア諸国」とのバランスが日本にとっては生命線となろう。
◆専守防衛・全方位外交で対処を
米オバマ前大統領は「世界の警察官」の役割から降りると宣言し、トランプ氏も引き継いだ。安倍前首相は集団的自衛権の行使容認など日米同盟の強化に動き、オーストラリア、インドを加えた4カ国協力を構想して「力の空白」を埋めようと努めた。しかし安全保障の要諦は「軍事」より「外交」。巨額財政赤字にあえぐ日本には軍拡競争に参戦する余力はない。攻撃を受ける前に相手の拠点をたたく敵基地攻撃は専守防衛方針に逆行するリスクは甚大。全方位外交で対処するべきだろう。
■筆者プロフィール:八牧浩行
1971年時事通信社入社。 編集局経済部記者、ロンドン特派員、経済部長、常務取締役編集局長等を歴任。この間、財界、大蔵省、日銀キャップを務めたほか、欧州、米国、アフリカ、中東、アジア諸国を取材。英国・サッチャー首相、中国・李鵬首相をはじめ多くの首脳と会見。東京都日中友好協会特任顧問。時事総合研究所客員研究員。著・共著に「中国危機ー巨大化するチャイナリスクに備えよ」「寡占支配」「外国為替ハンドブック」など。趣味はマラソン(フルマラソン12回完走=東京マラソン4回)、ヴァイオリン演奏。
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