中国共産党が描く理想のネット世界、「わかりやすいディストピア」ではなく「よくできたディストピア」

Record China    2013年11月18日(月) 7時37分

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14日、人民網世論観測室の祝華新(ジュウ・ホアシン)事務局長の講演録からは「理想のネット界」の姿が透けて見える。

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2013年11月14日、「ネットの闘争は新たな世論闘争形態である。(…)我々には中央から基層までこれほど多くの党組織、政府組織、国有企業、関連機関、人民団体があるのだ。8500万人の党員、8900万人の共産主義青年団員がいるのだ。正しく組織することができれば必ずや優位を得ることができる。強大なネット軍を建設しなければならない。困難を上回る力を発揮せよ。」

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これは2013年8月19日、習近平総書記の全国宣伝思想工作会議重要講話での発言。公式発表には上述の発言はないが、最近ネットに流出した完全版に収録されている。

政府組織、国有企業、共産党員を総動員して「ネット軍」を結成して世論戦を戦えというなんとも勇ましい宣言である。だがこの発言が公表されなかったことが示唆的だが、中国共産党が理想とするネット世界は勇ましさとは異なる存在だ。

一切の政治的発言が封殺される、わかりやすいディストピアではない。政府批判的な発言、現状に悲観的な発言の影響力がそぎ落とされ、代わりに政府の声が大きくこだまする世界。その中で一般大衆は自らの意見を発信し議論し、自発的に現行政府を信頼し支持していく…。

こうした中国共産党のネット統治の理想を端的に示しているのが、人民網世論観測室の祝華新(ジュウ・ホアシン)事務局長の講演録だ。今年8月から続くネット管理キャンペーンの成功を誇る内容だけに、成果の部分では盛っている印象もあるが、現実以上の成果を誇る言葉からは「理想のネット界」の姿が透けて見える。

以下、ポイントをしぼって紹介したい。

▼インターネット統治、4つの節目

(1)2011年10月13日、国務院インターネット情報弁公室は「マイクロブログの積極的運用による社会サービス経験交流会」を開催。党・政府機関及び党幹部、官僚にマイクロブログの解説と利用を進めた。今や政務マイクロブログは政府のニュース発表、突発事件対処の「標準装備」だと訴えた。

(2)2012年7月21日、北京市を豪雨が襲った夜。人民日報はマイクロブログに法人アカウントを開設した。今では最大のメディアアカウントとなり、他の中央メディア、地方の党機関紙がマイクロブログ世論領域に参入する前例となった。

(3)2013年8月10日、国務院インターネット情報弁公室の魯[火韋](ルー・ウェイ)主任はネット著名人社会的責任フォーラムで、「7つの守るべき一線」を発表。ネット界の共通認識となった。

(4)2013年9月9日、「最高人民法院、最高人民検察院による情報ネットワークを利用した誹謗などの刑事案件への法律的に関する若干の問題の解釈」の発表。ネットの消極的現象に対して受動的な対応しかできなかった状況から、主体的に法に基づいて管理できるようになった。

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「7つの守るべき一線」(七条底線)とは「法律法規、社会主義制度、国家利益、公民の合法的権益、社会の公共秩序、道徳気風、情報の真実性」を指す。8月10日の発表後、主要ネット企業、ネットの著名人らは次々と「7つの守るべき一線」を堅守すると誓った。

(4)の司法解釈(両高一釈)は「事実ではないつぶやきを5000回閲覧されるか500回リツイートされたら懲役3年」などの量刑を明示した司法解釈。今までは事件が起こるまで対応が難しかったのが、今後は話題のつぶやきは即逮捕できる基準ができたとその意義を強調している。

▼ネット管理キャンペーンによる成果

8月10日の「7つの守るべき一線」発表以来のインターネットの積極的な変化について。

(1)つぶやき数

サンプルとして、活発につぶやいていた「オピニオンリーダー」100人のアカウントをチョイス。8月10日までの2カ月間のつぶやき数は累計7万2481回。8月10日後の2カ月では6万5126回と10.2%の減少となった。特に9月11日から10月10日は24.9%の減少となった。

8月10日以後の体制内メディア、政務マイクロブログ(党機関、政府機関、党幹部、官僚)のつぶやき数は「オピニオンリーダー」を超えた。ネット世論のパワーバランスには大きな変化が生じ、「マイクの奪回」にまずは成功した。過去数年、政府活動がネットで「囲観」される受動的な局面を転換した。「正のパワー」が「負のパワー」を上回った。

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「囲観」とは野次馬が集まった状態を指す。ネット事件では人々の注目を集めること、つまり野次馬を集めることが問題解決の力となってきた。集まったネットの野次馬たちがなにかするわけではないが、注目を集めた事件をもみ消すことは難しいし、政府が譲歩して「慈愛あふれる統治者」「汚職に厳しい政府」などを演出したほうが徳だという計算が成り立つ。

官製メディア、政務マイクロブログによる情報発信を積極的に行うことで、「囲観」への対抗手段を手に入れたと分析している。

なにより面白いのがオピニオンリーダーのつぶやき数が減ったことがある種、成果のように語られていることだ。

(2)負の書き込みが減少。

大手ネット掲示板・天涯社区の社会・生活関係の書き込み数は9月期、60%の減少となった。肯定的な書き込みが34%減。否定的な書き込みは63%減。

天涯社区の時事問題関連の書き込みも大きく減少した。特に個人的な権利擁護、反汚職系の書き込みは70%の減少となった。なお天涯社区の9月期書き込み数は6%の増加となった。

従来型のネットによる反汚職と、新たな制度的反汚職はスムースに移行した。2012年8月から2013年8月まで、大きな影響を持った民間のネット反汚職通報は22件。9月2日に中国共産党中央紀律委員会監察部はサイトを開設、ネット経由での通報を受け付けるようになった。1日平均800通の通報が寄せられている。9月以降、民間の反汚職通報は明らかに減少し、大きな影響を持つものはほとんどない。

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「負の書き込み」とは悲観的、批判的な書き込みのこと。例えば日本のニュース番組などなにかの問題を指摘したり、悲惨な事件を報道したりと「負のニュース」ばかりだが、中国のニュース番組、とりわけ中国共産党の指針を示すニュース「新聞聯播」では新たな技術開発や成長の成果など「正のニュース」がメインに報じられる。

「ネットによる反汚職」とはネットの書き込みが原因で騒ぎとなり、メディアが注目し、最終的には汚職官僚の失脚につながるというお決まりのパターン。こうした炎上事件を減らし、中国共産党紀律委員会が開設した通報サイトが代わりの役割を担うという構想らしい。

(3)世論の熱の変化

余姚市の洪水ではセルフメディアによる情報発信は明らかに減少した。新浪微博の「余姚洪水」関連のつぶやきは17万回。廬山地震の499万回、北京市豪雨の61万回を大きく下回ってしまった。

廬山地震で活発に活動したオピニオンリーダー50人をサンプル調査したところ、余姚洪水についてリツイートしたものは27人、独自書き込みを行ったものは16人にとどまった。

プラスの面をみると、現場情報が占める比率が高まった。対岸の火事的なネットユーザーのコメントは減少した。天涯社区の書き込みでは現場からの情報が56%、新聞記事の転載が20%、独自コメントの書き込みが15%という内訳となった。北京市豪雨では現場の情報が10%、報道が20%、独自コメントが60%だった。

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先にオピニオンリーダーのつぶやき数減少は成果としてとりあげられていたのに対し、事件に対する一般ネットユーザーの発言減少は問題点としてあげられているのが興味深い。この点については後で詳述する。

▼今後のネット世論闘争に対する提言

(1)現在、幅を利かす「公共知識人」など知識人界のごく浅いレベルに過ぎない。専門家の参加を促すべき。

(2)草の根のネットユーザーの発言を抑圧する行為が各地で起きたが、時事問題を議論するネット世論の熱は冷めていない。大量の一般ネットユーザーの意見できる環境を守るべき。

(3)時事問題にはなんでも首をつっこむ「大V」は無責任な発言をすることが多く、好戦的な者も少なくない。一方で専門家タイプの「中V」には寛容に向き合うべきだ。

(4)ネット広告会社のヤラセ、サクラの取り締まりを続けよ

(5)官製メディアはより積極的に発言を。

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「公共知識人」とはもともと社会問題に積極的に発言する知識人ぐらいの意味だったのが、気づけば「公知」と省略され、どんな問題にも首を突っ込み発言するしゃべりたがりの有名人といった負のレッテルとなってしまった。

そこで関連するのが(3)。「大V」とは「フォロワー10万人以上の認証アカウント」のことで、「公共知識人」と同じく時事問題に積極的に発言するオピニオンリーダーとして知られる。この記事では「オピニオンリーダー、公共知識人、大V」が一つのカテゴリーにくくられている。

その「大V」と対比させられているのが「中V」。見かけない用語だが、大Vほどフォロワーはいないが自分の専門を持ち、その分野についてのみ発信している人物という意味だろう。自分の知らないことだろうがおかまいなしに、話題の時事問題に積極的かつ無責任に発言する公共知識人、大Vではなく、よりプロフェッショナルな専門家、ネットの知名度は低くとも専門性の高い発言者を活躍させるべきという提言だ。

▼よくできたディストピア

さて、ここまで祝華新氏の講演記事の内容を紹介してきた。その中身から中国が理想とするネット世界の姿が透けて見える。

共産党・政府がネットに強い発信力を持つ。ネットユーザーの結節点となる「大V」は忌避されるべき存在だが、一般ネットユーザーの発言、とりわけ「正」の発言は歓迎する。専門家の意見を聞き、社会問題への関心を持ち、社会を肯定的にとらえるネットユーザーの存在は喜ばしいものとみなされる。反汚職通報サイトの存在が象徴的だが、党・政府と一般市民がネットでダイレクトにつながり支持を勝ち取っていく。

理想の姿とはおおむねこんなところではないか。弾圧というわかりやすいディストピアではなく、市民が自発的に政府を支持するようなネット言論空間に誘導されるという、よくできたディストピアと言うべきか。

▼余談:中国と日本、共通の悩み

「都合の悪いことを言う人間は逮捕、浄化されたネット空間を作り共産党支持を築く」という話には到底賛同できない。とはいえ、中国のネット管理がすべて政治目的かというとそうではない。例えば日本と中国が抱える共通の悩みもあるのではないか。

話題の時事問題にとりあえず知ったかぶりのコメントを発し存在感を示そうとする。あるいは自分の専門分野では大家で多くのファンを集めているのに、それ以外の問題で無知丸出しの発言を繰り返す。そうした発言に煽られて「ネット世論」を作り出すユーザー…。

普通の人々がネットという発信ツールを持ったことによる「問題」は中国だけではなく、日本などその他の国にも共通しているように思う。中国のネット規制をたんに独裁国家「だけ」の言論検閲とみるのではなく、世界の国々が共有する問題の中国的反応と理解するとまた違った理解が可能になるのではないか。

■筆者プロフィール:高口康太(たかぐち・こうた)

翻訳家、ライター。豊富な中国経験を活かし、海外の視点ではなく中国の論理を理解した上でその問題点を浮き上がらせることに定評がある。独自の切り口で中国と新興国を読むニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。

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