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「お前のおじいさんは日本人に殺されたんだ」=敵だったはずの日本人と私は一生の友人になった―中国人学生

配信日時:2015年9月21日(月) 11時39分
「お前のおじいさんは日本人に殺されたんだ」=敵だったはずの日本人と私は一生の友人になった―中国人学生
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一衣帯水の隣国と言われながら、実際に接する機会が少ない日中両国民。北京大学の徐さんはテレビで見た日本人と実際に接した日本人の印象について作文につづっている。写真は牡丹。
一衣帯水の隣国と言われながら、実際に接する機会が少ない日中両国民。北京大学の徐●(シュー・ベイ、●はくさかんむりに「倍」)さんはテレビで見た日本人と実際に接した日本人の印象について、次のように作文につづっている。

血だらけの槍を振り回しているちょび髭の軍人たち。それが私がテレビで知った最初の日本人だった。小学生だった私は「日本人って人殺しばっかりね」と言った。そばにいる父は「お前のおじいさんは日本人に殺されたんだ」とひとこと言って黙り込んだ。その日から私にとって日本人は敵になった。

数年後、私は大学の入学通知を受け取った。そこには日本語学科と記されていた。友人や親戚は「本当に日本語を勉強するの?」と聞いてきたが、私は答えることができなかった。そんな私を見て父は言った。「仕方ない。せっかく受かった大学なんだ。適当にやり過ごせばいい」。私も覚悟を決めた「たった4年だ、我慢しよう」。

日本語の勉強を始めて1年半が過ぎた頃、1人の日本人留学生が私の語学パートナーになった。跳んだりはねたりして近づいてきた彼女は、「ルミでーす。新潟大学から来たの、よろしくね」と笑顔で言った。「ルミねえって呼んで、私は3年生だけど、あなたはまだ2年でしょ」。あっけにとられている私にルミは「ねえ、雪景色を見に行こうよ」と提案した。「新潟の雪は1メートル以上も積るんだよ。私は雪が大好きで、初めての中国で中国人の友達と雪景色を見れるなんて幸せ!徐ちゃんの名前、どんな意味?」「つぼみの意味です」「素敵ー!これから花になるってことだよね。よし、それじゃあ花ちゃんと呼ぼう」。別れ際に私は挨拶のつもりで「ありがとう」と言った。ルミは私の手を取ると「これから花ちゃんの日本語も、ルミねえの中国語も上手になるよう頑張ろうね」と言ってガッツポーズをした。

このように、ルミは私が初めて接した日本人となった。それから1年半、彼女と一緒にいろいろと楽しんできた。ある日、私はふと祖父の話をした。日本人に殺されたというと、ルミは黙って涙を流した。私は慌てて「ごめん。ルミねえを責めたいわけじゃないの」と言ったが、ルミは泣き続けていた。私は会ったこともない祖父のために泣いたことがなかった。しかし、ルミは私の祖父のために泣いてくれた。それは笑い転げて過ごした2人の日々のたった一度の例外だった。

それからしばらくして、ルミの帰国の日となった。私はルミが大好きな牡丹の種をプレゼントした。「花が咲いたら花ちゃんを思い出して」。私の言葉にいつもはしゃいでいるルミは何も言わず、私に背中を向けて泣き出した。「いつか日本に来てね」「うん、約束する」私は小指を出してルミと約束した。それからの2年間、私は数え切れないほどコンテストに参加した。そしてついにスピーチコンテストで優勝し、夢にまでみた東京決勝戦参加の資格をつかんだ。ルミに連絡したら、自分のことのように喜んでくれ、東京の地図と自分の住所への路線図を送ってくれた。東京についた翌日、ルミのアパートに行ってみた。プランターは牡丹の花でいっぱいだった。「ほら、あの時の牡丹だよ」。ルミは笑いながら言った。私の目からはいつのまにか涙がこぼれていた。

帰りの飛行機の中、私はもう一度、遠ざかる緑の島国、日本を見た。そこにはもう敵なんかいない。そこにいるのは私の初めての外国の友人、そして私の一生の友人、ルミねえだ。(編集/北田)

※本文は、第四回中国人の日本語作文コンクール受賞作品集「私の知っている日本人」(段躍中編、日本僑報社、2008年)より、徐●(●=くさかんむりに「倍」)さん(北京大学)の作品「私の知っている日本人」を編集したものです。文中の表現は基本的に原文のまま記載しています。なお、作文は日本僑報社の許可を得て掲載しています。
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