日本人の友達の「小さな失敗」に、思わず噴き出した祖父=「本当はみんな日中友好を望んでいる」―中国人学生

配信日時:2015年6月25日(木) 12時23分
日本人の友達の「小さな失敗」に、思わず噴き出した祖父=「本当はみんな日中友好を望んでいる」―中国人学生
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首都師範大学の趙思蒙さんは、自身が日本語を学び始めたきっかけと祖父の感情についてつづった。資料写真。
中国の若者には日本のアニメや文化の影響から、日本に対してそれほど悪い印象を抱いていない人が多くいる一方で、戦争を経験したお年寄り世代には日本に対する嫌悪感が強い人も多いようだ。首都師範大学の趙思蒙さんは、自身が日本語を学び始めたきっかけと祖父の感情について次のようにつづっている。

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大学の合格通知書を受け取ったら、誰もがうれしいはずだ。その日、私と家族は喜びに満ち、一緒に大学の合格通知書の封を開けた。しかし、「日本語学部」の文字が目に飛び込んだ瞬間、みんなが静まりかえった。自分の呼吸が聞こえるようだった。祖父は一人、黙って部屋に戻っていった。

私の祖父は84歳になる。若いころ軍隊に入った職業軍人で、日本を良く思っていないのだろう。私は生まれて初めて、こんなに悲しそうな祖父の後ろ姿を見た。私より祖父の方が、もっと複雑な気持ちに違いない。自分のかわいがっていた孫娘が日本語を勉強する。以来、隣人が私の専攻について聞くたび、祖父は「外国語を勉強している」とだけ答えた。その言葉は、私の心に突き刺さった。日本や日本語、日本人…そのすべてを否定する必要があるのか。私は祖父に、少し憤りを覚えた。

ある日、日本人の友達の渡辺さんを私の家へ招待した。渡辺さんは私の祖父に会うと、朗らかな声であいさつした。祖父は笑わなかった。渡辺さんは続けて「我很喜歓中国(私は中国が好きです)」と、あまり上手ではない中国語で話しかけた。そして「謝謝、叔叔」と言うと、突然、祖父が笑った。私がすぐに「『叔叔』は中国語で『おじさん』の意味だよ」と説明すると、みんなも笑った。この小さな失敗のおかげで、祖父は渡辺さんに笑顔を見せた。食事の後、祖父は大きな紙に「中日友好」と筆で書き、渡辺さんに贈った。

駅まで見送る途中、渡辺さんは「趙さん、ありがとう。先日、町に反日デモ隊がいて、私はとても怖かった。でも、趙さんと同じように親切な家族に会えて、本当によかった。日本と中国も私たちのように親しくなれたらいいね」と言った。

家に帰ると、祖父は私にこう言った。「ごめんよ。子供のとき、私の両親は戦争でなくなった。16歳で軍隊に入った。戦友は家族だった。でも、みんな戦争でなくなった。日本を見ると、みんなの顔を思い出して悲しくなる。お前が大学の合格通知書を受け取った日、心から祝福したよ。でも、いろいろな気持ちが入り混じって、何を話せばいいか分からなかった。今日渡辺さんと話して、とてもうれしかった。生まれて初めて日本人と話したよ。渡辺さんが一生懸命中国語を勉強している様子を見て、お前も同じように日本語を勉強している様子を思い浮かべた。いつか日本に留学する機会があって私が生きていたら、日本に連れて行ってほしい。私は自分で日本を感じてみたい」。

聞いた後、渡辺さんの顔が脳裏に浮かんだ。祖父も渡辺さんも両国の友好を願っているのだ。私は涙が静かにこぼれた。私はいつか必ず日中関係が改善されると信じ、その日が来るのを待っている。そして、祖父の願い――私が日本語を勉強し、将来、日中交流の懸け橋となること――が実現すれば、祖父が70年もの間待ち望んでいた遅い春がようやく訪れるに違いない。(編集/北田

※本文は、第九回中国人の日本語作文コンクール受賞作品集「中国人の心を動かした『日本力』」(段躍中編、日本僑報社、2013年)より、趙思蒙さん(首都師範大学)の作品「遅い春の訪れを待つ」を編集したものです。文中の表現は基本的に原文のまま記載しています。なお、作文は日本僑報社の許可を得て掲載しています。
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