旧日本兵の15遺骨か?平潭県の漁民が発見!

Record China    2006年6月17日(土) 0時56分

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引き上げられた「株式会社大阪鉄工所製造」と刻印されたプレートを抱えて、当時の状況を興奮気味に語る林立さん。紛れもなく、旧日本軍の遺物らしい。

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福建省平潭県の漁民、林立さんをはじめ数人は、東海宝山付近の海で、日本軍兵と見られる遺骨15体と銃器、弾薬等を引き上げた。一部の遺骨には、日本文が書かれたベルトを着用した痕跡があり、遺物には日本のものと断定できる特徴が鮮明に残されている。この件について、日本政府は再確認を行なう意向を示している。◇2006年6月15日午前10時20分頃、カメラマンは平潭県潭城鎮の林立さんの家を訪ねた。林立さんが持ってきた三つの箱のうち、一つの箱の中には引き上げた物と見られる器物、丼、皿、鉢、茶碗、花瓶、薬箱、硯などがあり、その一部の皿の表面と裏には、日本文字と団扇の模様が描かれている。魚の形をした鉢の裏にも日本文字が書かれている。他の二つの箱には軍事用品と見られるものが入っていた。◇その中の一つには、布に包まれた長さ50?、幅40?、重さ15kg程の金属板の下段に、英語で“OSAKAIRONWORKS”と書かれた、軍艦のプレートらしきものもある。製造時期は大正3年9月(1914年)、製造番号は807と、はっきりと読み取れる。◇林立さんらは遺骨15体を引き上げたが、一部の遺骨にはベルトを着用していた痕跡があり、そのベルトにも日本語が書かれていることから、日本軍艦の水兵ではないかと推測している。◇林立さんの話によると、同時に引き上げた物の中には、鉄砲1丁の他、銃器、弾薬もあったが、危険物だということで、そのまま再び海に沈ませたという。さらに軍艦指揮官のものと見られる「田北」という印章も引き上げたが、こちらは紛失してしまったという。 ◇林立さんらは以前、東海宝山付近の海に多くの船が沈没していて、その中には大量の貴金属を運んでいた船も含まれていることを耳にし、仲間と引き上げに出掛けたという。そして遂に、2005年の11月23日、1万2千トン級の大型貨客船「阿波丸」が沈んだとされる海域から4海里離れた海域で、器物、鉄等を引き上げた。さらに次の2ヵ月の間に、大量の生活用品、遺骨15体を引き上げたという。しかし、噂の“宝物”は、残念ながら発見できなかったという。◇平潭に戻ってから、彼らは民間の遺体美容師に遺骨の洗浄などをしてもらい、写真撮影をしてから潭城鎮の山の上に埋葬したという。◇85歳になる王起鳳老人の記憶によると、当時、平潭付近にはたくさんの日本軍艦が沈没し、海で多くの日本兵の遺体を目撃したという。今回、林立さんらが引き上げた遺骨らは、当時の沈没船の乗組員である可能性が非常に高い。◇2006年の1月、林立さんは日本外務省に当時の状況を報告し、外務省からの確認を経てから、日本駐広州領事館の阿武さんとの協議の結果、日本語が書かれた物など、写真資料を日本に持ち帰ったという。果たして、遺骨の関係者は現われるのだろうか。

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