<在日中国人のブログ>私が知り合った、「2000年の神秘の国」を世に知らしめた日本の和尚

配信日時:2019年4月20日(土) 21時20分
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スタインがこの地を訪れてから100年近くの月日が流れた。その後、多くの考古学者がニヤ遺跡に足を運んだ。しかし、全面的かつ深い研究はまだ行われていなかった。新疆ウイグル自治区の担当幹部は小島さんに、中国の考古学者は早くからニヤ遺跡を調査したいと考えてきたが、資金問題が一向に解決できていないと訴えた。小島さんはこの遺跡に興味を持ち、自治区文化庁に対し、日中共同でニヤ遺跡を調査したいと自ら進んで提案した。



中国政府がこの計画を許可したのは1988年だった。日中合同の調査隊が結成された。日本側隊長は小島さんが務めた。この調査隊は先進的な科学技術の適用を試みた。調査時間も長く、多くの収穫を得ることができた。1988年から97年までの10年に満たない時間に小島さんは1億9000万円を拠出して、前後9回のニヤ遺跡学術調査を実現させた。中でも1995年の第7回学術調査では、ニヤの王侯貴族の墓を発掘し「五星出東方利中国」の文字が織り込まれている、肘を覆う錦の布を発見した。この布は、20世紀における中国考古学の最大の発見の一つとされている。2002年にはこの布が、展覧会への出展目的の場合でも国外(香港、マカオ、台湾を含む)への持ち出しが禁止されたことでも、中国がこの布をどれだけ重視しているかが分かるだろう。



小島さんは活動回数を重ねるにともない、新疆に対する愛情を強めていった。彼は累計100件以上の現地プロジェクトに巨額の資金援助を行った。新疆大学では「小島康誉奨学金」が設けられ、援助金額は2018年までに日本円で累計4700万円以上に達した。さらに小島さんの寄付により、貧しい家の子の就学を支援するための中日友好希望小学校5カ所が設立された。新疆の人々が、この日本から来た「和尚様」を大好きになっていったのはもちろんだ。小島さんには新疆ウイグル自治区人民政府顧問、ウルムチ栄誉市民、新疆大学名誉教授の称号が次々に与えられた。小島さんは新疆の地で、最も有名で最も尊敬される外国人の一人になった。






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