南開大学「周恩来・池田大作研究会」 8年間堅持してきたこと―中国メディア

Record China    2014年12月17日(水) 20時0分

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17日、創価大学の田代康則理事長は今月5日、東京から天津へ赴き、南開大学の研究会主催の学術セミナーに参加した。写真は南開大学の周恩来像。

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2014年12月17日、創価大学の田代康則理事長は今月5日、東京から天津へ赴き、南開大学の研究会主催の学術セミナーに参加した。「周恩来(ジョウ・エンライ)・池田大作と21世紀青年文明間対話」と題されたこのセミナーを主催したのは、「周恩来・池田大作研究会」という大学のサークルだ。中国青年報が伝えた。

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田代理事長は自ら同セミナーに参加するだけでなく、国際創価学会の池田大作会長からのお祝いの手紙も持参してきた。手紙には、池田大作会長からの研究会への賛辞の言葉が書かれており、「ここに集まったのは、周恩来首相の遺志を引き継ぎ、平和のため、国民のため、未来のため、勇気を持って前進し続ける若者たちだ」と綴られていた。

8年前に設立された「周恩来・池田大作研究会」は、周恩来・池田大作の思想と実践を主旨にした学生サークルだ。同研究会は、冷え込む日中関係の状況下で、誕生したとも言える。サークルが設立されたのは、小泉純一郎首相がこの21年間で初めて「終戦記念日」に靖国神社を参拝した年だった。設立して8年、すでに十数カ国にわたる数百人を超える若者がこのサークルに参加してきた。メンバーが大学を卒業して国内外に散らばっても、多くの人が熱心に日中平和友好事業に携わり、頻繁に南開大学に戻って交流を続けた。

■雷に打たれたような感動

「周恩来・池田大作研究会」の設立は、研究会の指導教授の体験に端を発する。南開大学マルクス主義教育学院院長の紀亜光(ジー・ヤーグアン)教授は初めて日本に訪れた際、心からの感動を覚えた体験をした。

1999年、当時30歳だった紀教授は、周恩来研究家として有名だった王永祥(ワン・ヨンシアン)教授の助手を務めており、日本に滞在していた頃の周恩来の研究を行っていた。この頃、紀教授は創価大学の開校式典に招かれ、池田大作氏の講演を聞いた。当時、池田大作氏は、講演中に3回も手を振りあげて、大きな声で「大中国万歳」と叫んだ。そして、会場にいた学生は池田大作の指示のもと、一緒に大きな声で、「大中国万歳」と叫んだのだ。紀教授は、この光景を見て呆然とした。そのあと、まるで雷に打たれたような感動が湧き上がってきた。歴史学のゼミを専攻していた紀教授は日中関係について知識がないわけではなく、これまでの紀教授の日本人に対する印象は、傲慢で、忌々しく、中国人を馬鹿にしているという印象だった。しかし、これらのすべてに、「大中国万歳」という声を聞いた後、大きな疑問符が打たれていた。

この日から数日間、紀教授は意外にも頻繁に日本人の中国への友好を感じる機会があった。横浜では、創価学会が主催した「文化の恩国―中国展」を見に行った。展覧会の中では、南京大虐殺では30万人の中国人が殺されたと明確に記載されていただけでなく、大きなスペースをとって、日本文化の源流は中国であることの説明がされていた。ここからも、紀教授は、池田大作氏が日本人を代表して、過去に犯した罪を明確に認識し、中国の歴史や文化に対して高く評価していることを感じ取った。

■スムーズで快適な交流

海外において、池田大作氏は周恩来の心に最も影響を与えた人物だ。国際舞台であろうと、創価学会内部であろうと、池田大作氏は常に周恩来首相の国民を思う気持ちに学ぶことを人々に呼び掛けている。池田氏の影響を受けた多くの創価大学の卒業生たちは、卒業後に中国留学を選択する。その中でも、多くの人が選択する大学に、周恩来首相の母校である南開大学がある。

交流をしていくうちに、紀教授は、日本の学生には多くの長所があることに気付いた。日本の学生は、自ら進んで交流を図り、交流する前にはしっかりと準備をする。一人一人非常に自立しているが、新しいことを試す際には、素早く団結して、集団で協議をして行動する。日中の学生がそれぞれの良いところをお互いに学べるようにと、紀教授は日中学生たちのために、小さな組織をつくり、不定期的に、人数を特定しない活動をさせる場を作った。

初めての交流の場では、日中学生はともに明らかに緊張しており、交流会は若干盛り上がりに欠けていた。しかし、交流が次第に深まると、雰囲気も徐々に良くなっていった。若者たちはともに学び、遊び、すぐに友人となり、国籍の違いも忘れていった。

2006年12月5日、周恩来首相と池田大作氏が会談して32周年を迎えた記念日に、南開大学で「周恩来・池田大作研究会」が設立され、周恩来・池田大作の思想と実践を研究する国内初の学生による学術サークルとなった。

■風評との戦い

近年、日本の政治家が靖国神社を参拝するのに伴い、尖閣問題、歴史教科書における戦争の問題など、日中関係はずっと冷え込んできた。このような状況下、日中友好を提唱してきた「周恩来・池田大作研究会」は常に周囲から疑問や誤解を受けてきた。「ほとんどの場合、学生にその中の道理をわかりやすく説明し、これらの思想上の結論が自然に誤解を解くことになり、問題だと思っていたことが客観的になる」と紀教授は語った。しかし、たとえそうであったとしても、民族の感情は、時に過激で極端な意見も生まれてくる。ある学生は卒業する際に、紀教授に自分の意見をぶつけてきた。「友好的でない国に関わるのはよしたほうがいいのではないか?理知的でない人たちはいつも紀教授の悪口を言っている。なぜなら、その人たちにとって、日中友好を提唱することは売国奴の行動にほかならないからだ」。

しかし、誤解されながらも、研究会のメンバーたちは熱心に活動に参加し、創価大学からも大きな支援をもらった。シンガポールからの留学生は、「周恩来・池田大作研究会」には一種の奇妙な魅力があるという。最初の頃、研究会は室内の中だけで行われるものだと思っていた。しかし、のちにここは厳粛な学術セミナーであるだけでなく、それ以上に非常に親密な交流の場であることがわかってきた。「ここでは、私たちは平和が起こるのを待つのではなく、人と人とのコミュニケーションと交流で、未来を創造している」と語る。

南開大学で、研究会のメンバーが努力していることには、もう一つ別の意味がある。1937年に旧日本軍が中国を侵略した際、南開大学は、初めて旧日本軍に砲撃を受けた大学となった。校舎はほとんど破壊され、廃墟と化した。今の南開大学は、当時の状態から一つ一つ校舎を再建してきた。多くの校舎にはその歴史に関わる文字が彫られている。周恩来・池田大作研究会の卒業生たちは当然この歴史について熟知していると同時に、「戦争の忌々しさを深く知ることによって、平和や友好の尊さをより一層大切に感じられるようになる」ことを知っている。(提供/人民網日本語版・翻訳/MZ・編集/武藤)

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