<コラム>米中貿易摩擦時代の日中ビジネス(1)日本企業の中国拠点からの撤退

松野豊    2020年9月19日(土) 6時20分

拡大

日本経済新聞社は2020年の7月中旬、日本の上場企業ビジネスマン3000人を対象にしたアンケート調査を実施した。対象者のうち中国事業の経験者は約1/3である。写真は深セン。

日本経済新聞社は2020年の7月中旬、日本の上場企業ビジネスマン3000人を対象にしたアンケート調査を実施した。対象者のうち中国事業の経験者は約1/3である。調査は東京大学の著名な中国研究者らも協力して実施されたため、かなりの信頼性がある。

この調査には、大きく二つの重要なテーマが含まれている。第一は、日本企業の中国拠点からの転出で、日本回帰の動きについて聞いたもの。そして第二は、米中貿易摩擦における米国の対中政策についての意見を問うものである。

このアンケート結果のうち、第一の日本回帰に関するものは、日本人ビジネスマンの感覚からみれば大きな違和感はなかった。国内回帰の政府補助政策については、約6割の人が支持すると答えている。これは米中貿易摩擦による関税等の影響というより、中国国内の労務費の上昇などが原因で一部拠点が海外移転していくのであり、ある種自然な流れでもある。また国内回帰について言えば、マスクや防護服などの重要物資なども念頭において答えているからだと思われる。

本稿の8月4日付のコラム「日中サプライチェーンの緊密化」でも触れたように、日本政府が4月に発表したコロナ対応の緊急経済対策予算に生産拠点の日本回帰への補助金が含まれていたことは、中国の政府筋で大きな話題になった。筆者のところにも中国メディアから、日本企業の動きについてのコメントを求めてきたぐらいだから、中国側にとって関心が高いテーマであることがうかがえる。

中国企業の友人にこの日経新聞のアンケート結果を伝えてみたところ、少し驚いた様子でこう言った。「日本企業は本当にみんな中国から撤退するのですか?」

日本企業の対中貿易は近年、貿易量は均衡している(注:日中貿易に香港との貿易量を加えるとほぼ輸出入がバランスしている)。日中間貿易における「輸出特化係数」を品目別に計算してみると、まず全産業平均の輸出特化係数はゼロ付近であり、日中間貿易は金額だけでなく品目別でも均衡していることがわかる。

また品目別では、自動車部品、半導体部品、化学製品などで日本の輸出競争力が高く、衣類、食料品、情報通信機器は中国の競争力が多い。機械製品については、近年中国の競争力が高まり、量的にはまだ小さいが日本の医薬品の中国輸出が増えてきている。日中貿易は近年、いわゆる産業補完性が高まっていると言ってよい。

また企業経営面の観点から、経済産業省の海外事業活動基本調査をもとに計算してみると、日本の製造業は中国への輸出額をあまり伸ばさず、中国に設立した現地法人の売上高を伸ばしてきていることもわかった。これは日本企業が中国に進出し、日中の産業補完戦略に基づいて「現地化」を進めてきたことを意味する。

日経新聞のアンケート調査では、別の設問もある。企業人がみた中国市場の重要性についてである。約40%強の人が中国市場について「今までと同程度に重要性を維持する」とも答えており、「今後さらに重要性を増す」という回答を加えると7割にも達する。

またJETRO北京事務所が行った最近の調査では、中国の華東地域に製造拠点をおく日系企業の86%は拠点の変更予定がないと答え、日本回帰の予定がある企業は7%だった。

2020年上半期の日中貿易速報を見ても、マクロに見ればコロナ問題の影響はあまり大きく出ていない。日中間のサプライチェーンは最適化されていて安定的な状態にある。日本政府の製造業に対する移転支援政策の影響はおそらく限定的だろう。

では中国の政府関係者などは、なぜ日本企業の撤退をそこまで心配するのだろうか。一つは米中貿易摩擦で米国からのデカップリングが進むことが間違いないため、日本とのサプライチェーンの重要性が増したことである。

そしてもうひとつは、日本政府の政策に対する過大評価である。中国の人は、「政府が要請したら、企業はそれに従う」のは当然だと思いがちだ。これは中国人によくある大いなる誤解だ。日本人ならわかると思うが、日本企業は政府の政策を利用はするが、強制力のある法律で定められたものでない限り、自分に不利益になりそうなものは従わない。

今後日中間貿易が変化する要因として重要なことは、中国の産業構造転換の進展であろう。例えば、日本との産業補完において日本優位になっている産業で中国企業が競争力を増し、日本製品の対中輸出が減少することである。

さらにもうひとつ懸念事項をあげるなら、特に技術製品分野における中国政府の「国産化」推進の動きである。中国は、政府調達だけでも関連する国有企業など適用範囲が広いのでかなりのボリュームがある。今後特に米中摩擦における米国への対抗策として、米国を含む外国製品の調達や輸入を意図的に減らしていくことは充分に考えられる。

しかし日本から中国への輸出量が減ったとしても、日本企業が中国の現地法人への投資拡大を行って現地化を進めれば、日中貿易が赤字でも日本企業の所得収支を増大させることは可能であろう。こと日中間貿易に限って言えば、今後も基本的には安定的にウインウインの関係が継続していくだろう。

(アンケートの第二点、米中貿易摩擦における「米国の対中政策」については、次回のコラムで考察します)

■筆者プロフィール:松野豊

大阪市生まれ。京都大学大学院衛生工学課程修了後、1981年野村総合研究所入社。環境政策研究や企業の技術戦略、経営システムのコンサルティングに従事。2002年、同社の中国上海法人を設立し、05年まで総経理(社長)。07年、北京の清華大学に同社との共同研究センターを設立して理事・副センター長。 14年間の中国駐在を終えて18年に帰国、日中産業研究院を設立し代表取締役(院長)。清華大学招請専門家、上海交通大学客員研究員を兼務。中国の改革・産業政策等の研究を行い、日中で講演活動やメディアでの記事執筆を行っている。主な著書は、『参考と転換-中日産業政策比較研究』(清華大学出版社)、『2020年の中国』(東洋経済新報社)など。

この記事のコメントを見る

ピックアップ



   

we`re

RecordChina

お問い合わせ

Record China・記事へのご意見・お問い合わせはこちら

お問い合わせ

業務提携

Record Chinaへの業務提携に関するお問い合わせはこちら

業務提携