<コラム>中国で最も古い石橋、石家庄「安済橋」と一番長い石橋、蘇州「宝帯橋」

工藤 和直    2020年2月14日(金) 23時20分

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中国に現存する最も古い石橋は、河北省石家荘市趙州鎮にある趙州橋(安済橋)で橋長51mアーチ式である。

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中国に現存する最も古い石橋は、河北省石家荘市趙州鎮にある趙州橋(安済橋)で橋長51mアーチ式である。隋大業年間(西暦605~618年)と言えば日本の飛鳥時代であり、小野妹子が遣隋使として朝貢した頃である。もう1400年になろうとしている(写真1)。

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橋の長さで言えば、宋慶暦7年(西暦1047年)木造として創建された呉江市「垂虹橋」は、元泰定2年(西暦1325年)に全長450mに渡る淅江省最長の石橋(99孔)として再建された。残念ながら、現在は3つに分断し、最長でも40~50mとなっている(写真2)。ここは月の名所でもあり「十里波光連宝帯、一湾月影映垂虹」と詠われている。詩中の宝帯は蘇州呉中の宝帯橋のことである。

蘇州市呉中区に317mの宝帯橋がある。地下鉄2号線宝帯橋南駅から徒歩15分程度だ。又の名を「長橋」とも言う(写真3)。現存では中国内で最長であり、蘇州城南東角にある滅渡橋から真南に3km下ったところにある。この橋は道と道をつなぐ2次空間の接合でなく、船を縄で引く労働者のために作った橋であるのが特長だ。杭州から嘉興・呉江と北上した大運河は蘇州城東南部3kmの所で、右折すれば上海、左折すれば大運河で蘇州城外寒山寺を通り無錫へ、直進すれば3kmで滅渡橋から蘇州城内に入る事ができる交通の要所にある。長橋と言われるように317m長さで53孔のアーチ式であり、上部は平坦である。

創建は唐元和12年(西暦817年)、蘇州刺史(知事)の王仲舒が“宝の帯”を売って作ったといわれる。現代の橋は明正統7年(西暦1442年)に再建されたもので、中国に現存する「一番長い石橋」である。杭州から来た船をただひたすらに北方向に縄で引っ張る労働者の姿を、かの日本から来た遣唐使一行も見たであろう。日中戦争時、日本陸軍の空爆で南六孔が破壊されたと記録がある。この宝帯橋の西、大運河に沿って行くと西塘河があるが、そこに五龍橋(五孔アーチ式)がある。南宋淳煕年間(西暦1174~1189年)創建であり、宋時代の趣がある石橋である。

ちなみに、蘇州内で最も短い橋は、世界遺産「網師園」内の引静橋(三歩橋)である。網師園は十全街帯城橋から少し南に入った狭い路地にある(新区から511番バス網師園北下車)。南宋時代史正志侍郎の「万巻堂」に清時代乾隆年間に宋宗元が庭園を造り、自分を漁師になぞらえて“漁隠”の意味で「網師園」と名付けた。1979年、アメリカのニューヨークにある「メトロポリタン芸術博物館」にある庭園は網師園をモデルにして作られ、その名を海外に馳せた経緯がある。敷地は5500m2と典型的な江南式で非常に小ぶりな庭園であるが、「留園」とともに非常に美しい。この庭園は池を中心に作られ、鏡の如く広がる池に写る月は手に取るが如くで、中秋の夜に一度は訪れたい蘇州庭園の一つである。この池の南東部端に2mに満たない小さな橋、これが「三歩橋」である(写真4)。

■筆者プロフィール:工藤 和直

1953年、宮崎市生まれ。1977年九州大学大学院工学研究科修了。韓国で電子技術を教えていたことが認められ、2001年2月、韓国電子産業振興会より電子産業大賞受賞。2004年1月より中国江蘇省蘇州市で蘇州住電装有限公司董事総経理として新会社を立上げ、2008年からは住友電装株式会社執行役員兼務。2013年には蘇州日商倶楽部(商工会)会長として、蘇州市ある日系2500社、約1万人の邦人と共に、日中友好にも貢献してきた。2015年からは最高顧問として中国関係会社を指導する傍ら、現在も中国関係会社で駐在13年半の経験を生かして活躍中。中国や日本で「チャイナリスク下でのビジネスの進め方」など多方面で講演会を行い、「蘇州たより」「蘇州たより2」などの著作がある。

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