中国で奮闘した日本人女性、帰国前に乗ったタクシーで運転手からかけられた言葉は…―中国メディア

Record China    2019年8月1日(木) 21時0分

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7月31日、中国メディア・人民網は、JICAから青年海外協力隊として中国に派遣された日本人女性が、中国での生活を振り返ってつづった文章を掲載した。

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中国メディア・人民網は7月31日、国際交流機構(JICA)から青年海外協力隊として中国に派遣された日本人女性が、中国での生活を振り返ってつづった文章を掲載した。

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人民網は、「長年にわたり、中国ではごく平凡な、愛らしい日本の若者たちが常に活躍している。彼らは自分の知識と情熱を中国の土地に捧げてきた。社会に出てまだ間がなくても、中国語がほとんど話せなくても、彼らは努力と前向きな姿勢によってなんとか遠い異国の地で人としての価値を実現しようとする。それが、JICAが中国に派遣する『青年海外協力隊』のボランティアたちだ。彼らは通常、1~2年を中国で過ごす。多くが条件的に厳しい辺境地や内陸地域、さらには貧困地域に派遣され、教育や医療などの仕事に従事しながら現地の人々と一緒に暮らす」と説明。そして今回、日本語教師として中国でキャリアを積んで帰国した後、再び中国でのボランティアに志願した竹澤真利さんによる文章を掲載した。以下はその概要。

■帰国後、再び中国へ

ちょうど5年前のこの時期、私は中国のある大学で外国人教師として会話練習の授業をしていた。授業が終わり、みんなで集合写真を撮り終えると、1人の生徒が教員室へと戻ろうとする私に向かって「前は日本語に少しも興味がなかったのに、先生が来てくれたおかげでだんだん日本語が好きになりました。ありがとうございます」と声をかけてくれた。

残念なことに、私はそれから数カ月後には日本語教師の仕事を終えて日本に帰ってきてしまった。日本に戻り、新しい職場に向かっていたある日の朝、私はふとその学生の言葉を思い出した。そんなタイミングで、私は青年海外協力隊のウェブサイトを見つけ、たくさんある日本語教師の募集の中から中国の湖南省の大学でのプログラムを選んで応募したのだ。

■拭い切れない中国への偏見

前回の中国滞在では、中国人の習慣や言語にある程度は馴染めたものの、納得できない部分も正直少しだけ残っていた。普通であれば、2~3年も中国に住めば少しずつ中国のことがわかってくるという。しかし、私の中にはいつまでも日本と中国に対して優劣をつけるくせが残っていた気がする。中国で生活しても、中国に対する偏見はどうしても拭い切れなかった。

私たちはよく「中国人はこうで、日本人はああだ」などといった考えにとらわれ、人をカテゴリ分けしがちだ。だけど、中国では日本とは比にならないくらいに広大な国土で、人、モノ、文化が混ざり合い、国の中だけで「グローバル化」のような様相を見せている。そんな中で、入学したての学生や現地に出稼ぎに来ている人々の話を聞いていると、彼らの一人ひとりが慣れない環境でストレスと戦ったり、楽しみを見つけたり、勉強や仕事に追われながらも自分なりの生活スタイルを見つけようとしていることが分かってくる。多くの中国の人々とふれあい、彼らの生活を知っていくうちに、それぞれの自分らしさが見えてくるのだ。

■日本だったら「あれもだめ、これもだめ」

平凡な毎日の中で、私も彼らに負けないように努力した。経済発展の波に乗り、どんどん外へと開かれていく中国では、時間がこれまでよりもずっと速く過ぎていくように感じた。何気ない日々の中で、時折顔を上げて自分が日本人であることを思い出してみる。そして客観的に、「日本だったら、きっと周りから『これはだめ、あれもだめ』って言われるんだろうなあ」などと考える。そんなときには、ルールにしばられた日本文化から抜け出せたような気がして、思わず「にやり」としてしまうのだ。そして、自分もどんどん変化しているということを感じる。

■中国人が教えてくれた「存在感」の定義

「外を見て内を知る」という言葉がある。協力隊としての活動はもうすぐ終わってしまうが、すでにもうこの先の道のりが目の前に広がっているような感じがする。これも若さと情熱によって、日本各地から世界へと派遣された協力隊員に与えられた暗黙の使命なのかもしれない。

改めてこの2年間を振り返ると、私が当初志していたのは「残し」、「伝える」ことだった。やり方は自由で、特に決まりもない。派遣先は大学だが、活動の場所は教室の中だけに限らない。マッサージを受けに行っても、店でお会計をしていても、道端を歩いていても、誰かと旅行に行っても、生活のありとあらゆる場所が活動の場だった。その中でも中国の人が教えてくれた「存在感」という言葉が印象に残っている。「他人に必要とされることで、存在感が生まれる。人はそこから自分の価値を見出しているのかもしれない。もしかすると、助け合いや尊重なんかもそこから生まれてくるのかもしれない」と。中国の人と交流することで、中国語でも日本語でも、その言葉の背景にある「当たり前」と思っていた概念について、新たな角度から気づくことができた。

■今が、未来の歴史になる

帰国の前に乗ったタクシーで、運転手が私に「日本と中国もこれまでいろいろあったけど、最近は関係も良くなってきたね」とほほえんだ。「そうですね。今が未来の歴史になるんだから、不思議なものですね」と私も言った。人の心の中に一体どんな言葉が残るのかは本当に人それぞれだが、私は日々の一期一会の出会いの中で、何か心に残るものを見つけたい。そして、そのような何かをこの先も伝えていきたいと思う。(翻訳・編集/岩谷)

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