<サッカー>中国は日本に学べない、なぜなら「民族性」がまるで違うから―中国メディア

Record China    2019年1月30日(水) 21時50分

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中国のスポーツメディア・網易体育は29日、サッカーのアジアカップで中国が0—3で敗れたイランを相手に、日本が3—0で勝利したことについて「中国サッカーは日本に学ぶことはできない」と題するコラム記事を掲載した。写真は中国VSイラン。

中国のスポーツメディア・網易体育は29日、サッカーアジアカップで中国が0—3で敗れたイランを相手に、日本が3—0で勝利したことについて「中国サッカーは日本に学ぶことはできない」と題するコラム記事を掲載した。

記事はまず、日本の勝利について「『うらやましくて嫉妬』というのがほぼすべての中国サポーターの一致した感情だろう。それと同時に、中国サッカーはこの20年余り一体何をしていたのかと繰り返し責め立てている」とし、「多くの人が『日本に学ぶべきだ』と主張している。『ユース年代を着実に育成し、一つひとつ積み重ねていくことで初めて、10年、20年後の状況を変えられる』と。しかし、中国サッカーは果たしてこれを実現することができるのか?」と疑問を提起。そして、「歴史を見ても、日中の民族性の顕著な違いが、日本人の歩む道を中国人がまねできないことを決定している」と指摘した。

記事が挙げた「歴史」とは、19世紀後半のこと。「日本は明治維新によって新政府が誕生し、近代化が押し進められた。廃藩置県によって中央集権国家となり、日本人も全国で上から下まで心を一つにして発展を目指した。大きく発展した欧州に工業や教育、司法、軍事を学び、列強に肩を並べていった。一方、清政府も洋務運動によって多くの人材が西洋に留学。英国やフランスなどから軍艦を100隻近く購入し、北洋水師(海軍)は当時アジアトップだった。これには日本人も危機感を覚え、海軍力を強化。全国で最新の軍艦購入のための募金が行われ、天皇までもが皇室経費をねん出した」とした。

その上で、「この時の清政府は、洋務運動がもたらした虚栄に浸り、海軍の経費を徐々に削減。西太后は主力級の軍艦が買える金を頤和園などの庭園に費やした。北洋水師は十分な維持・保養がなされず、弾薬の備蓄にすら問題が起きていた。そしていざ黄海海戦が勃発すると、日本の連合艦隊の火力は北洋水師の6倍にも達した。兵士は奮闘したが、実力上の差を逆転する力はなかった」と解説した。

記事は、「明治維新から120年後の1988年、日本サッカー協会の会長に川淵三郎氏が就任した。当時、日本はアジア2流で、日本人でさえサッカーに期待を抱いていなかった。しかし、人気漫画の『キャプテン翼』の熱もあり、93年にはJリーグが開幕。3年後には『百年構想』が策定された。そして現在、2050年までにワールドカップ(W杯)を日本で開催し、その大会で優勝することが掲げられている」と紹介した。

そして、「こうした目標の下で、日本は多額の資金を投入して青少年の育成に努めてきた」とし、「全国高校サッカー選手権大会では4000を超えるチームが競い、その中から日本代表になる柴崎岳や長友佑都といったスター選手も生まれた」とした。一方、中国については「Jリーグ開幕から1年後にプロ化されたが、影響力の拡大とは裏腹にサッカー人口は減少。多くのクラブチームはトップチームにだけ資金をつぎ込み、ユース年代を重視しなかった。学園サッカーはより悲惨で目も当てられず、『サッカー体操』なるもので体裁を繕うだけ。指導部は1年に少なくとも一つは新しい政策を打ち出し、その振り回され具合はあの太后と通じるものがある」と切り捨てた。

記事は、「歴史をかがみに。この100年余りを隔てた二つの歴史は、その過程も結果も似ている」とし、「日本は一つのことを決めると、きっちりとした計画を立て、それを徹底する。海軍の建設しかり、サッカーしかり。簡単なようだが、続けることが最も難しい。日本人は、黄海海戦の完勝とサッカーにおけるアジアトップの座を獲得した。中国はどうか。すでに(サッカーは)北洋水師と同じ轍(てつ)を踏んでいる。『今日はこれ、明日はあれ』の死のサイクルの中で、ただもがいているだけなのだ」と結んだ。(翻訳・編集/北田

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