<書評>第1次安倍内閣の外務副大臣、「尖閣棚上げしかない」―浅野勝人著「日中反目の連鎖を断とう」

八牧浩行    2014年5月21日(水) 5時51分

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第一次安倍内閣で外務副大臣、麻生内閣で官房副長官などを歴任した著者が日中平和への熱い思いと関係打開の道を説いた北京大学講義録。日中平和条約交渉などを取材した経験に裏打ちされた信念と情熱を傾けた思いがつづられている。写真は本書と浅野氏。

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NHK政治記者・解説委員を長く務め、衆参両院議員(自民党)、第一次安倍内閣で外務副大臣、麻生内閣で官房副長官などを歴任した著者が日中平和への熱い思いと関係打開の道を説いた北京大学講義録。1972年の日中国交正常化交渉、1978年の日中平和条約交渉などを取材した経験に裏打ちされた信念と情熱を傾けた思いが迫真の筆致でつづられている。

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北京大学での特任講師としての講義は「外交・安保」「経済」「公害・環境」「教育」など7回。「私の役割は、長い間の体験を通じて、日本人から見た中国の指導者たちの的確な判断力と優れた能力の例証を語り残すことだと自覚している。同時に、日中両国の友好と協調が、アジア・太平洋地域の平和と繁栄に不可欠と認識していた日本の指導者たちの信条について伝えたい」と記す。

著者は学生たちに「過去に学んで現在を正し、未来に活かそう」と説き、「歴史認識をめぐる反目を断ち切って前に進もう」と呼びかけた。日中間で起きる政治的なもめごとは、歴史認識の食い違いをめぐる争いの繰り返しが原因と分析。「侵略と植民地支配」「戦時下の慰安婦問題」「政府首脳の靖国参拝」「領土問題」におおむね絞られるとし、「その食い違いから派生するトラブルは、時に抜き差しならない憎悪さえ生む」と警告。日本政府に対し、政府首脳の靖国参拝自重、村山談話、河野談話の維持・継承などを要求する。一方、中国側にも浅野氏は6章「不可欠な反日教育の是正」の中で、中国政府が繰り返してきた反日教育の弊害を説き、やめるように直言している。

「慰安所の設置や慰安婦の強制・管理に軍が関与した文書があるか、無いか議論してみたところで、ソウルの日本大使館の前で『証拠はここにいる』と元慰安婦の方々が叫ぶ姿が世界にキャリーされている。そもそも軍、軍属の関係者がそんな文書を残すはずはない。米国政府は、中韓両国への配慮だけから求めているのではなくて、安倍政権が欧米社会から国家主義の疑念をもたれるのを懸念しているからだ」との記述は説得力がある。

◆日中打開へ提言「50年でも100年でも議論を」

本書の白眉は4章の「尖閣を『脅威の島』にするな」。著者がかつて取材した日中平和条約交渉で、「尖閣棚上げ合意」があったと指摘。「日中双方の老練な政治家同士が水面下で将来の解決を願ってせっかく(棚上げで)合意したのに、思慮深いとは思えない政治家が寄ってたかってあからさまに相手を攻撃する材料にしてしまった」と喝破している。

最近になって、園田外相・トウ小平副首相の会談議事録に「領有権の帰属論争棚上げ」のくだりが見当たらないということが「棚上げ論」否定の根拠になっていることに対し、取材メモや園田回顧録など具体的な例証を挙げて反論。日中平和友好条約の調印を優先する立場から、尖閣問題を問題視するのを避けて脇に置いておこうとささやいたトウ小平副首相の高度の政治判断に対して「人が見ていなければトウさん有難うと言いたいところでした」と園田外相が回顧録で記しているのは「尖閣棚上げ合意」があったことを如実に示すと指摘。 この見地から、石原慎太郎元都知事の2012年春の尖閣購入発言を「日中間に新たな不信と混乱を招いた」と手厳しく批判する。

著者は領有権をめぐる見解に相違のあることを認め合った上で、「尖閣を脅威の島」にしない方策について「日中有識者会議」を設けて議論する方法を提唱している。「結論が出なかったら50年でも100年でも会議を続けたらいい。その間は平和が保てる」というわけだ。

尖閣諸島国有化と反日デモを挟んで、日中間が最も厳しい1年10カ月にわたって開催された白熱教室。浅野氏は言いっ放しになる講義の形態を避け、講義後の質疑応答はもちろん、夕食まで共にするという密着講義を展開。「人気じいちゃん」と学生の間で親しまれた。本書には学生たちの感想文も掲載され一連の講義が北京大学の学生にどのように伝わり、理解されているかが分かる。

◆もう一度安倍首相に進言を

学生たちは感想文の中で、「さまざまな紛争を抱える中日両国は、『小異を残して大同につく』方針を改めて貫き、争いを棚上げにしてともに発展していくことがベストだと思う」(北京大学物理学院男子学生)、「浅野先生が中日関係の改善と真剣に取り組む本心は、一日も早く解決しなければならない課題がたくさんあるのに、問題の解決を困難にする偏ったナショナリズムが両国に台頭するのを懸念しているからではないでしょうか」(北京大学国際関係学院女子学生)、「中日は『和すれば共に利あり。争えば共に傷つく』との先生の指摘に同感です。日本と中国の学生はもっと交流が活発になればいい。北京にも日本人の学生がもっと多く勉強に来て欲しい」(北京大数学部男子学生)など冷静かつ率直な考えを披歴している。

第2次安倍政権は日中関係緊迫化を奇貨として特定秘密保護法や集団的自衛権行使、平和憲法改正など自らの国家主義的な考えを推し進めようとしているように見える。「対話のドアはオープン」と言いながら自ら動こうとしない安倍首相の姿勢に対し、米オバマ大統領も4月の日米首脳会談で苦言を呈し、「対中対話と尖閣問題の平和的解決」を求めたのは記憶に新しい。浅野氏は第1次安倍政権の外務副大臣として小泉純一郎の靖国参拝で冷え込んだ日中関係を打開に動き、2006年の安倍首相の北京訪問と「戦略的互恵関係」につなげた実績がある。今回の厳しい局面下でも、安倍首相に対し「日中関係打開」へもっと積極的に動くよう進言してもらいたいものだ。(評・八牧浩行

<NHK出版刊、税抜1600円>

■筆者プロフィール:八牧浩行

1971年時事通信社入社。 編集局経済部記者、ロンドン特派員、経済部長、常務取締役編集局長等を歴任。この間、財界、大蔵省、日銀キャップを務めたほか、欧州、米国、アフリカ、中東、アジア諸国を取材。英国・サッチャー首相、中国・李鵬首相をはじめ多くの首脳と会見。東京都日中友好協会特任顧問。時事総合研究所客員研究員。著・共著に「中国危機ー巨大化するチャイナリスクに備えよ」「寡占支配」「外国為替ハンドブック」など。趣味はマラソン(フルマラソン12回完走=東京マラソン4回)、ヴァイオリン演奏。

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