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奇跡の経済成長、33年間のGDP年平均増加率は9.8%―中国

配信日時:2013年11月23日(土) 19時25分
奇跡の経済成長、33年間のGDP年平均増加率は9.8%―中国
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22日、改革開放から35年が経った今、経済発展の成果を振り返ってみよう。35年間の中国の経済発展ぶりは、次の数字によってたどることができる。資料写真。
2013年11月22日、改革開放から35年が経った今、経済発展の成果を振り返ってみよう。35年間の中国の経済発展ぶりは、次の数字によってたどることができる。

・国内総生産(GDP)は1978年の3645億元(約6兆500億円)から、2012年は51兆8942億元(約860兆8000億円)に増加
・経済規模は78年の世界10位から、12年は2位に躍進
・一人当たり平均GDPは78年の381元(約6400円)から、12年は3万8420元(約63万7000円)に増加
・外貨準備は78年の1億6700万ドル(約167億円)で世界38位から、12年は3兆3116億ドル(約54兆9000億円)に増加し、7年連続で世界1位

国務院参事室の姚景源(ヤオ・ジンユエン)特別研究員は、上記のような改革開放スタートからの35年間の中国経済が成し遂げた奇跡について、「われわれは35年の時間をかけて、貧困を脱し、衣食の問題を解決し、全面的な小康(ややゆとりのある)状態に向かって歩き始めた。これが20世紀から21世紀の初めにかけて、中国が行った人類への最大の貢献だ」と話す。

▽経済成長の奇跡、33年間のGDP年平均増加率は9.8%

改革開放の35年の中で、中国の経済規模はレベルアップを続け、総合的な国力は大幅に向上した。GDPは78年の3645億元(約6兆500億円)から12年は51兆8942億元(約860兆8000億円)へと飛躍的に増加した。78年の3645億元から86年の1兆元(約16兆6000億円)に到達するのには8年かかったが、91年の2兆元(約33兆2000億円)に到達するのには5年しかかからなかった。その後の10年間は毎年平均約1兆元増加し、01年に10兆元(約166兆円)の大台を突破した。02年から06年は年平均約2兆元増加し、06年に20兆元(約332兆円)の大台を突破。その後は2年ごとに10兆元増加し、12年には52兆元に迫った。

経済規模がレベルアップしたのは、成長ペースが奇跡を生み出したためだ。79年から12年までの33年間のGDP年平均増加率は9.8%だ。同じ時期の世界経済の平均は2.8%にとどまる。中国の経済規模の世界的な位置づけが緩やかに上昇し、世界の経済成長に対する貢献度も上昇を続けた。78年の経済規模は世界10位だったが、08年にドイツを抜いて世界3位になり、10年は日本を抜いて世界2位になり、中国は米国に次ぐ経済体となった。経済規模が世界に占める割合は78年の1.8%から、12年は11.5%に上昇した。08年下半期に国際金融危機が発生すると、中国は世界経済の復興を牽引する重要なエンジンとなり、08-12年の世界の経済成長に対する年平均貢献度は20%を超えた。

世界10位から2位の躍進について、姚研究員は、「くれぐれもこの順位を軽視してはならない。世界各国との競争の中で、自国の順位を安定させることは簡単なことではない。連続でこれほど順位を上げることの難しさはいうまでもない。近代の歴史を振り返ると、経済が2けたの高度成長を維持できた国にはまず日本があり、成長は15年間続いた。その後はアジア四小竜(台湾、韓国、香港、シンガポール)で、成長は20年間続いた。中国経済のように30数年間にわたって約2けたの成長を達成したことは、まさに人類の奇跡だ」と話す。

▽総合的な国力が大幅に上昇、低所得国から中の上の所得国に

持続的な高度成長は、総合的な国力と国際的な競争力を大幅に向上させた。第一に、一人当たり平均GDPが上昇を続けた。78年の平均GDPは381元(約6400円)に過ぎなかったが、その後87年には1000元(約1万7000円)を突破し、03年には1万元(約16万6000円)を突破し、07年に2万元に達し、10年は3万元の大台に突入した。12年の平均GDPは3万8420元(約63万7000円)で、物価上昇要因を考慮すると78年の16.2倍になり、この間の年平均増加率は8.7%だ。所得の一人当たり平均も急速に増加し、世界銀行のデータによると、78年の190ドル(約1万9000円)から12年は5680ドル(約56万8000円)に増加した。世銀の分類基準に基づくと、中国は低所得国から中の上の所得国に躍進した。

マクロデータには距離を感じることもあるので、姚研究員はミクロデータをよく取り上げる。姚研究員は今や手の一部ともいえる携帯電話を指さして次のように述べた。中国では87年に初めて携帯電話が登場し、90年代初頭まで携帯には3つの「3」があるといわれていた。値段が3万元、重さが3斤(1.5kg)、代金を支払ってから3カ月待ってやっと手に入る、という意味だ。12年の携帯電話普及率は人口100人あたり82.50台で、成人一人につきほぼ1台の水準に達した。こうしたデータが私たち一人一人の前にありありと横たわる。いずれも改革開放からの35年間にわれわれが成し遂げた成果だ。

総合的な国力の上昇は国の財政力の著しい増強にも現れている。78年の財政収入は1132億元(約1兆9000億円)だったが、12年は11兆7254億元(約194兆6000億円)で78年の103倍に達し、年平均増加率は14.6%だった。財力の増強は、経済発展の促進や社会保障の強化、都市部と農村部の格差縮小、国民生活の着実な改善、各種の打撃に対する有効な対応などに、資金面の力強い保障を提供した。

▽外貨準備が大幅増加、外貨不足国から外貨準備大国へ

開放の歩みが加速するのに伴い、中国の対外経済は飛躍的な進歩を遂げ、外貨準備が大幅に増加して、中国は外貨不足国から外貨準備大国へという非常に大きな転換を遂げた。

78年の外貨準備は1億6700万ドル(約167億円)で世界38位、一人当たり平均はわずか0.17ドルで、人民元に換算すれば1元にも満たなかった。その後、対外経済が大きく発展するのに伴い、経常収支の貿易収支の黒字が積み上がり、外貨準備の不足は急速に過去のものとなった。90年の外貨準備は100億ドルを超えて111億ドルに到達。96年には1000億ドルを超えて1050億ドルに達し、06年には1兆ドルを超えて1兆663億ドルに達して日本を抜き、世界1位になった。12年は3兆3116億ドルに上り、7年連続で世界一になった。(提供/人民網日本語版・翻訳/KS・編集/武藤)
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