<ロンドン五輪>卓球の生まれ故郷・英国で王座防衛は格別!中国チームが勝利にこだわる理由―米紙

Record China    2012年8月1日(水) 11時4分

拡大

30日、米紙ニューヨーク・タイムズは「中国が波瀾万丈の歳月を卓球の故郷に持ち帰る」と題した記事を掲載した。北京から約8000キロ離れたロンドンだが、中国にとってはホームゲームも同然だ。写真はトレーニングを行う中国代表チーム。

(1 / 8 枚)

2012年7月30日、米紙ニューヨーク・タイムズは「中国が波瀾万丈の歳月を卓球の故郷に持ち帰る」と題した記事を掲載した。北京から約8000キロ離れたロンドンだが、中国にとってはホームゲームも同然だ。6000人を収容する競技場の中央に輝く4台の卓球台は、上海の紅双喜という会社の製品だ。

その他の写真

卓球は19世紀のイングランドで、貴族の食後の暇つぶしとして生まれた。2008年、五輪旗を受け取る際、ロンドン市長は「卓球が帰ってくる」と述べた。北京五輪で中国は男女のシングルス金銀銅、男女団体の金を独占している。あらゆる王者がそうであるように、中国チームは今回も猛攻をかけてくるだろう。しかも、ロンドンでの勝利はさらに格別な味であるはずだ。紅双喜社の代表は「選手たちはきっとどんな大会よりも勝ちたいだろう。卓球の生まれた国での勝利にかける思いは格別だ」と語る。

1959年の世界卓球選手権の男子シングルスで、容国団(ロン・グゥオトゥアン)が中国人選手として初めて優勝した。その後の文革時代には、中国からプロスポーツが消滅してしまったが、後に卓球は再興の時を迎え、中国が国際的孤立を脱する立役者となった。1972年のニクソン大統領電撃訪中、その後の米中国交正常化は、卓球がきっかけとなった。

1971年、日本で開催された世界卓球選手権で、米国のグレン・コーワン選手が間違って中国選手団のバスに乗り込んでしまったという有名なエピソードがある。関係改善のきっかけを探していた米中の指導者たちは、これを機に急接近した。中国は米国選手団を招待し、「ピンポン外交」が幕を開けた。タイム誌は「中国は『ピンポン』という音とともに球を打ち出した」と、卓球が米中の雪解けを演出したと報じたのである。

中国製の卓球台への評価はまずまずだ。一回戦を突破したカメルーンのサラ選手は「中国の卓球台は完璧に近い」と語った。(翻訳・編集/長河)

この記事のコメントを見る

ピックアップ



   

we`re

RecordChina

お問い合わせ

Record China・記事へのご意見・お問い合わせはこちら

お問い合わせ

業務提携

Record Chinaへの業務提携に関するお問い合わせはこちら

業務提携