合唱指揮の国際大会で受賞者の国籍が「中国台湾」から「台湾」に―米華字メディア

配信日時:2018年4月2日(月) 16時10分
合唱指揮の国際大会で受賞者の国籍が「中国台湾」から「台湾」に
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1日、米華字メディア・多維新聞によると、ロシアで行われた合唱指揮の国際大会で2位に選ばれた指揮者の国籍が、当初の「中国台湾」から「台湾」に改められた。
2018年4月1日、米華字メディア・多維新聞によると、ロシアで行われた合唱指揮の国際大会で2位に選ばれた指揮者の国籍が、当初の「中国台湾」から「台湾」に改められた。

この大会は2012年7月に亡くなったロシアの指揮者、ボリス・テヴリンの名を冠した国際大会で、先月30日の決勝で台湾の謝斯韵(シエ・スーユィン)氏がロシア人の出場者とともに2位に選ばれた。記事によると、司会者は同氏の国籍の紹介として「台湾」と発表したが、主催した音楽院は公式サイト上で同氏の国籍を「中国台湾」と表記。その後、台湾側との話し合いを経て「台湾」に改められたという。

記事はこのケースとは逆に、台湾を国扱いしていた複数の企業が謝罪に追い込まれていることや、謝罪後もネット上に不満を示すコメントが寄せられることなどに言及している。(翻訳・編集/野谷
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  • ただの***** | (2018/04/05 15:47)

    「国籍」と言うのであれば「台湾」や「中国台湾」などではなく「中華民国」(the Republic of China)ではありませんか。パスポートにも上方に「中華民国」と記されていますよ。
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  • 774***** | (2018/04/02 22:02)

    豆知識 1871年台南に遭難漂着した宮古島島民52名が斬首され、1873年日本全権が責任を問うと台湾は領土ではあるが清国の統治が及ばないという意味の化外の地と説明し責任を認めなかった。1873年明治政府は出兵し台南を平定、清国との間で取り決めを交わし、清国は日本の出兵を承認し、被害島民に補償金を支払い、日本は撤兵した。 これが明治政府の初の海外派兵で、宮古島島民の保護権を中国が認めたことから沖縄の日本所属が国際的に認められる事になった。
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