<コラム>中国で1000年続いた女性の「纏足」、なぜ廃れたのか

配信日時:2018年1月9日(火) 14時40分
中国で1000年続いた女性の「纏足」、なぜ廃れたのか
画像ID  801722
私が水滸伝を初めて読んだのは高校生の時。その時に浮かんだ、はっきり言ってどうでも良い疑問が、今回のテーマの出発点です。写真は北京市の太廟。
私が水滸伝を初めて読んだのは高校生の時。その時に浮かんだはっきり言ってどうでも良い疑問が、今回のテーマの出発点です。

それは高校の図書館にあった平凡社奇書シリーズの1冊でした。その中で「女たちは卑しい生まれだったため纏足(てんそく)をしておらず、さっさと逃げられた」と言うような描写がありました。で、その時はまだ纏足について大した知識もなかったので「纏足って良家の子女がやるもので、歩きにくいもの」程度の認識でした。

でもその時、ある疑問が湧いたのです。梁山泊に集まった好漢・108星のうち、女性は3名。一丈青の扈三娘、母大虫の顧大嫂、母夜叉の孫二娘。どなたも並の男なら秒殺レベルの凄腕(すごうで)な女傑ですが、ゴッドマザーな顧大嫂や、人肉饅頭の孫二娘はいいとして、扈三娘はお嬢様なので、「ん?纏足はしているの?していないの?」と思ったわけです。

その後も、カンフー映画や金庸の小説、武侠ドラマなどで「深窓の令嬢」かつ「武術の達人」とかいうのを見かけると「纏足」なのか「NO纏足」なのか気になってしまいまして…ほんと、どうでも良いことなんですけどね。

ただ、纏足ってその特異性から「グロい」とか「残酷」といったフィルターにかけられて、真実が見えにくくなっているような気もするのです。今回はそのフィルターをちょっと外してみて、中国文学では馴染(なじ)みの「纏足はちゃんと歩けない」というイメージは正しいのか、そして纏足とはどんなものなのかを改めて考えて見ようと思います。

思いのほか長くなってしまったので、内容を前半と後半の2つに分け、前半となる今回は纏足ってどんなものなのかをお話したいと思います。纏足は、約1000年という長きにわたり、女性たちの間で受け継がれてきた、人為的に足を変形させる風習です。

これ以降、少し痛い描写が出てきますので、その手の話が苦手な方はご注意ください。もっとも、私自身が痛い話を聞くと迷走神経反射を起こしてぶっ倒れるようなヤワなヤツなので、そんなに過激に書けませんが(どれくらいヤワかって言うと、某大女優さんの講演会で、ライオンに襲われて死にかけたときのお話を聞いて目の前ホワイトアウトし、近くに座っていたご婦人に助けていただいたというレベル)。

そもそも纏足とは、幼い少女の足を変形させ、成長しても小さいサイズを保つようにするものです。

スタンダードな纏足のやり方は、まず親指だけを残して残り4本の指をぐぐぐっと曲げます。指を足の裏にぴったりくっつけるように折り曲げると、青い布でそれをしっかりと固定します。そして固定を続けながら、最終的には親指を頂点とする細く尖った形になるように、全体の形を整えていきます。かなりの痛みを伴う上、この過程で上手く処置できないと、指が壊死(えし)し、慢性骨髄炎になる恐れもあります。痛い。しかしこれはフェーズ1。まだまだ処置は続くのです。

4本の指が巻き付くように曲がり、細く尖った形に整えられると、纏足は次の段階へ進みます。今度は、足の甲をぐぐぐぐぐぐっと曲げていきます。それこそ、指の付け根と踵(かかと)がくっつくぐらいに。時間をかけどんどん曲げていきます。目標は3寸=10センチ弱。徐々に曲げていくとはいえ、あり得ない…痛すぎて考えたくない処置です。

が、纏足では3寸の大きさこそ至高。「三寸金蓮(さんずんきんれん)」と呼ばれる小さな足のみが、纏足の頂点に立てるのです。ちなみに、4寸(約13cm)以内が銀蓮(ぎんれん)、4寸より大きかったら鉄蓮(てつれん)と呼ばれ、大きければ大きいほど「纏足カースト」の下になってしまうのです。だから、縛る方(大抵は実の母親)だって必死なわけです。 少しでもカーストの上へ、纏足のてっぺん取るために…。

しかし、この小足にかける女の意地とプライドがあったからこそ、纏足という風習は1000年という長きに渡って続いたのではないでしょうか。で、小足の何がいいのか、ということをちゃんと説明しているのが意外と少ないので、私が解る範囲で書いてみますね。

纏足の形は美しいと言われています。グロいじゃないかと思う人、「閲覧注意」な纏足の足は、基本人に見せるものではありません。普段は布で巻き、靴を履いて隠されています。足を洗うときだって他人には見せてはいけないとされています。なので、ここでは人に見せて良い部分、つまり靴を履いた姿についてのことです。

話は戻りますが、足が小さければ小さいほど、纏足は美しいとされています。実は、小さい足へのこだわりって今でも普通にありまして、「小足見せ」とか「華奢見せ」とかを宣伝文句にしたレディースシューズは簡単に手に入ります。

どうして小さい足がいいのかというと、同じ体格の場合、足が小さく華奢に見える方が、体重が軽く、足が長く見えるからなのです。つまり足が小さく見えれば見えるほど、全身の華奢度と美脚度が上がるわけです。

ちなみに、売られている足を華奢に見せる靴のつま先は、「ポインテッドトゥ」と呼ばれる先が尖ったタイプです。そして、ヒールの高い靴が足をより小さく華奢に見せます。と、ここまで書いてお気づきの方がいるかもしれません。足を「華奢で小足に見せる靴」は、纏足の形に近いのです。そう、纏足の形は、物理的に小さくするだけでなく、視覚効果でより小さく華奢に見せるようになっていたわけです。

つまり、纏足とはその小さな足で「華奢」で儚(はかな)げな姿=肉体労働の必要がないお嬢様を演出することができたというわけです。それにしても、今のモードにも通じているスタイルに仕上げていたということは驚きです(もちろん、三寸金蓮なんてやり過ぎなんだけど)。

ところで、この纏足を始める年齢ですが、長い年月、広い範囲で行われていた風習ゆえ各地で始める年齢には違いがありました。ちなみに纏足の仕方も同じように、先ほど紹介したスタンダードな方法以外にもいろいろあったそうです。

また纏足は母娘相伝で行われてきましたが、「纏足婆」と呼ばれるプロ纏足師がいたり、何らかの事情で母親にやってもらえず自分で纏足を施したりと、纏足事情は人それぞれ、結果として施術法も纏足を始める年齢も各家庭でそれぞれ違っていました。

では何歳ぐらいが纏足開始適齢期だったのでしょうか。まず、歩けるようになってからが、纏足を始める絶対条件でした。しかし一人歩きをマスターしたばかりの2歳児は「耐えられない」という理由で、纏足を行わなかったそうです。なんたって魔の2歳児ですからね…。

第1次反抗期が落ち着いた頃、だいたい5、6歳ぐらいで纏足を始めるが一般的だったようです。しかしこの年頃でも、激痛を伴う処置を施すのはかなり難しいはずです。そこで母親たちは、「呪いの言葉」を聞かせて娘たちを洗脳します。

「大きな足のままでは、誰もお嫁さんになんて欲しがらない。あんたはお姑さんを見つけることができない」。これは実際に纏足を受けた女性が、足を縛られる前に母親から言われた言葉だそうです。

このように「大きな足のままではいけない」と信じ込ませることで、激痛を伴う纏足の施術を受け入られるようにします。そして、その考えは纏足のやり方とともに伝えられていくわけです。

纏足を施す大きな目的は、娘を家の中に留めておくためです。同時に、母親=母権による支配を完成させるためでもあったようです。先ほどの言葉に「お姑さんを見つけることができない」とあるように、結婚後も支配権が実の母親から義理の母親へと変わるだけで、母権による支配は変わらなかったのです。

娘を家に留めておく理由とは、そしてなぜ母権支配が必要だったのでしょうか。

オックスフォード大学出版から出された「Bound Feet、Young Hands-Tracking the Demise of Footbinding in Village China-」(LAUREL BOSSEN AND HILL GATES)によると、纏足の女性は織物などの家庭内手工業の担い手として必要不可欠だったそうです。この本の中では、纏足を受けたその日に紡績機の前に座らされ、以後外出することなく、ひたすら糸を紡ぎ続ける少女の話なども紹介されています。

つまり農村部などでも纏足が一般的に行われたのは、纏足の女性は貴重な現金収入を得る労働力だったからなのです。そしてその手工業をコントロールするのは、ほかでもない母親でした。

要するに、纏足には母権支配を確立して家庭内手工業を盤石にし、現金収入を確保するという意味合いもあったわけです。そして何より、手工業に従事する纏足の女性たちは、高値で売れる製品を自分の手で作りだすことに誇りを持っていました。足を縛られた上で、奴隷のごとく労働に従事していたわけではないのです。

清朝政府は何度も纏足禁止令を出しましたが、纏足が無くなることはありませんでした。度重なる禁止令が出たにもかかわらず纏足という風習が続いたのは、纏足の女性達が必要だったとともに、彼女たちが己の纏足に誇りを持っていたからなのです。纏足とはつまり「女性による女性のための風習」だったのです。

この纏足がいつから始まったかははっきりとは解ってはいません。今のところ五代十国時代、おそらく南唐が発祥であったろうと考えられています。そして纏足が流行しはじめたのは北宋、徽宗の宣和年間あたりからと言われています。一説によると都・開封の女性たちが履いていた「花靴」が纏足靴のルーツだったそうです。宣和年間の女性ファッションは、そのまま南宋にも受け継がれ、纏足はさらに広がっていきます。

北宋の宣和年間と言えば、水滸伝の108星たちがガンガン暴れ回っていた時代なので、梁山泊の女傑たちは、ギリギリ纏足セーフと言えるでしょう。雇三娘が都の最新モードを追究するようなオシャレなお嬢様だったら、あんなことしてないわけですから…。

この纏足が一般的になったのは、明代に入ってから。「三寸金蓮」が纏足カーストの頂点とされたのもこの時代です。清代に入ると、悪しき風習として清朝政府から何度も禁止令が出ますが、無くなるどころかさらに纏足は拡大していきます。「Bound Feet、Young Hands」では、19世紀初頭の中国の人口を約4億3千万人と見積もった場合、約9200万〜9900万人が纏足をしていただろうと推測しています。纏足ができる年代(5歳以上〜)の女性、ほぼ2人に1人は纏足をしていたという計算になります。

この纏足に終止符を打とうとする動きは、19世紀後半。キリスト教の女性宣教使たちによる草の根運動がきっかけでした。女性宣教師たちは、地道に中国女性たちへの「纏足に対する洗脳」を解いていきます。そして1874年に厦門で宣教師たちを中心とした「戒纏足会」が発足し、反纏足運動が本格的に始まります。

「戒纏足会」の反纏足運動はキリスト教の伝道と密接な関係がありました。そしてキリスト教とは関係なく、フェミニストの観点からの反纏足運動が、1895年の「天足会」の発足によりスタートします。上海で商人や領事の妻たちを中心として発足した「天足会」は、キリスト教の枠を越え、女性の自由のために活動していきます。

「戒纏足会」も「天足会」も、ヨーロッパの女性たちが中心となり、中国女性の足を纏足から解き放とうとする動きです。そして彼女らの努力によって、中国女性たちの纏足に対する考え方も変わっていきます。結局、女性たちによる風習は、女性たちの手によって変わるしかなかった、というわけです。

この反纏足の動きは、中国人の知識人たちが1897年に結成した「不纏足会」によってさらに加速していきます。「不纏足会」は、簡単に言うと富国強兵「国を強くしていくためには女性の力は不可欠、纏足で発揮できないのはもったいない!」という考え方で纏足解放を推し進めました。革命の前段階的活動だったとも言えるでしょう。

「戒纏足会」、「天足会」、「不纏足会」と、それぞれ思惑の違う団体の働きによって、纏足という風習は廃れていきます。

しかし、これは都市部の上流階級が中心で、手工業に従事していた農村部の纏足女性たちは置いてけぼりの状態でした。この農村部の女性たちが、最後の纏足世代として、今、まだわずかながら生き残っています。先ほど紹介した「Bound Feet、Young Hands」は、これら生き残っていた纏足女性たち1800人を調査し、その結果をまとめたものです。これはおそらく最初で最後の大規模調査研究であろうと言われています。

そして最後に纏足という風習に止めを刺したのは文化大革命。纏足は「反革命的行為」と見なされたそうです。つまり、纏足をすると…ってことで、これ以降、1000年続いた纏足の風習は完全に潰えます。文化大革命の破壊力はハンパないってことですね。

ちなみに台湾での纏足は、日本統治時代に「アヘン」「辮髪(べんぱつ)」と並ぶ三大悪習の1つとして大々的な取り締まりを受けます。この日本政府の厳しい取り締まりに加え、1906年に起こった梅山地震で纏足をした女性の死亡率が高かったことから、纏足は急速に廃れていったそうです(どうでも良いことだけど、辮髪が三大悪習の1つって何か残念に思ってしまう辮髪好きな私)。

ということで、纏足とは、10世紀の五代十国から20世紀半ばまでという長きに渡って行われた風習でした。そして女性たちは、纏足に意地とプライドをもっていたこと、農村部では貴重な働き手だったこと、何より纏足とは女性による女性のための風習だったこと、おわかりいただけたでしょうか。

と、ここまで「纏足ってこんなのだよ」というのを主に書かせていただきました。そして気になる「実のところ纏足ってどれだけ動けるの?闘えるの?」ということについては、ごめんなさい、次回へ続きます。

■筆者プロフィール:瑠璃色ゆうり
東京出身。立正大学文学部史学科卒(東洋史専攻)。ライターとしての活動は2006年から。平行してカルチャースクールスタッフや広告代理店で広告営業なども経験。2017年よりライターのみの活動に絞る。現在は美容やファッションからビジネス関係まで、幅広いジャンルで記事を制作している。張紀中版射雕英雄伝と天竜八部を観て修慶(シウ・キン)のファンになり、修慶迷として武侠ドラマファンの間では知る人ぞ知る存在に。現在は趣味にて小説も執筆中。
※掲載している内容はコラムニスト個人の見解であり、弊社の立場や意見を代表するものではありません。
記事について質問する
非表示
  • コメント
  • facebook
  • twitter
コメント 2

  • コメントを書く

残り400
利用規約 を順守し、内容に責任をもってご投稿ください。
最新ニュースはこちら

SNS話題記事