<在日中国人のブログ>日本人が理想とする「東男に京女」とは?

Record China    2010年4月3日(土) 18時11分

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3月31日、孔子の第75代直系子孫で日中関係評論家の孔健氏は、「日本人の理想像―東男に京女」と題した記事を中国のブログサイトに発表した。写真は京都。

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2010年3月31日、孔子の第75代直系子孫で日中関係評論家の孔健(こう・けん)氏は、「日本人の理想像―東男に京女」と題した記事を中国のブログサイトに発表した。以下はその概略。

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「東男に京女」は日本人の最も理想とする男女像。武骨で荒々しい江戸男と雅(みやび)やかで上品な京女がよいというものだ。日本が完全な独立国家として歴史上に姿を現し、遣隋使や遣唐使を中国に派遣した当時、日本の都は奈良だったが、794年からは京都に遷都。その後、1868年まで京都は日本の文化や政治の中心だった。京都の豊かな文化が「雅やかで上品」な京女を育んだのだろう。

一方、東男の故郷である現在の関東地方は徳川家康が幕府を置くまでは荒れた未開の地で、室町武士の太田道灌が建てた小さな江戸城があるだけだった。道灌は東男の典型ともいえる人物。突然の雨に蓑(みの)を借りようと訪れた民家で美しい女性に「山吹の実」を差し出されたが、それが和歌にかけた断りの意味とは気付かない。本来ならば和歌で返すのが礼儀だが、そんな教養は持ち合わせておらず、美しい才女を前にあたふたするばかり―。

これが日本人の理想とする「東男」と「京女」だ。現代でいう「美女と野獣」といったところか。だが、江戸時代に入るとその意味合いは若干変わって来る。幕府が置かれたことで江戸は急速に発展し、東男は「金が稼げる男」に変身。京女も「家庭をしっかり守る賢い奥さん」の代名詞となった。これは日本人の理想の男女像であるとともに、理想の夫婦像であるとも言えるだろう。(翻訳・編集/NN)

●孔健(こう・けん)

孔子の直系第75代目の子孫で、孔子研究家、日中関係評論家。山東大学日本語学科を卒業、1985年に来日。96年、チャイニーズドラゴン新聞を創刊。NPO法人日中経済貿易促進協会理事長などさまざまな日中関連の機関で代表を務める。「日本人は永遠に中国人を理解できない」「日本との戦争は避けられない」など著書多数。

※本記事は筆者の承諾を得て掲載したものです。

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