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「まさか日本を愛しているのか?」=日中友好を夢見ながら亡くなった祖父と、同い年の日本人留学生―中国人学生

配信日時:2015年11月15日(日) 15時12分
「まさか日本を愛しているのか?」=日中友好を夢見ながら亡くなった祖父と、同い年の日本人留学生―中国人学生
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2005年と2012年には中国各地で反日デモが行われ、緊張は一気に高まった。しかし、「そうしたなかでも両国の友好を願う人は存在した」と訴える遼寧師範大学の陶金さんは、大規模な反日デモが起きた当時の作文につづっている。
日中関係が急速に悪化したのは2000年になってから。その後、2005年と2012年には中国各地で反日デモが行われ、緊張は一気に高まった。しかし、「そうしたなかでも両国の友好を願う人は存在した」と訴える遼寧師範大学の陶金さんは、大規模な反日デモが起きた当時の作文に次のようにつづっている。

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日中友好というと、私はいつも故郷の祖父のことを思い出します。祖母の話によると、日中戦争の時、日本語ができる祖父は中国側の通訳として働いたことがあります。戦争が終わって祖父がよく口にしたことは「中国人に災難を与えたのは日本の普通の国民ではなく、日本軍だ。トラブルや戦争があっても、日中友好は両国民にとってプラスの面がとても大きい」という話だったそうです。周りの人に「あいつはまさか日本を愛しているのか。ばかだ」と厳しく言われて、死んだ時、祖父は目を閉じることさえできませんでした。

祖父の顔を見たことがない私は、「祖父はどうして死ぬまで日中友好の夢を抱いていたのだろう」という疑問を持って、大学で日本語を専攻しました。86歳の日本のお年寄り山根さんと知り合ったお陰で、私は日中友好についての理解が一層深くなりました。

祖父と同じ年齢の山根さんは戦争時代、上海で中国語を勉強したことがあります。戦後もまだ中国に愛着を感じていて、「僕はもう年ですが、中国語と中華文化に深い愛情を持っています。それを日本に伝えたいのです」と、一人で中国へ留学に来ました。家庭教師を頼まれた私は、86歳の高齢でも毎日、真剣に勉強している山根さんの熱意にすっかり感動しました。祖父も山根さんも、胸に一種の神聖な愛を抱いているのではないかと思いました。それは恋人や仕事を愛している気持ちと違って、広くて深い愛情なのです。これこそ人類の最高の愛だと思います。

日中友好の夢を抱いて亡くなった祖父も、86歳の高齢でもまだ日中友好に貢献したいという山根さんもごく普通の人です。しかし、日中友好の歴史はごく普通の両国民によって書かれたものではないでしょうか。日本の首相に言いたいのは、日中友好が実現できなければ、祖父と同じような天国にいる人々は、まだ目が開いたままではないだろうかということです。また、反日暴動を行った中国人に伝えたいのは、山根さんのような日本人もいることです。日中友好の夢を抱いている優しい日本の友達の心を傷つけないように…。

確かに、両国の間に戦争などの暗い歴史もありましたが、それは日中友好に対して障害になることではなく、友好関係を順風満帆に続けさせる風と帆になるべきです。胸に祖父と山根さんのような広い愛情を持てば、過去の暗い歴史と深刻な問題を乗り越えて、明るい未来を迎えることが難しいことではないと固く信じています。(編集/北田

※本文は、第一回中国人の日本語作文コンクール受賞作品集「日中友好への提言2005」(段躍中編、日本僑報社、2005年)より、陶金さん(遼寧師範大学)の作品「中日友好は一種の愛」を編集したものです。文中の表現は基本的に原文のまま記載しています。なお、作文は日本僑報社の許可を得て掲載しています。
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