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<書評>大衆が個性と自由を求めた時代の文芸秘話を発掘―『大正文士のサロンを作った男―奥田駒蔵とメイゾン鴻乃巣』奥田万里著

配信日時:2015年7月12日(日) 13時55分
<書評>大衆が個性と自由を求めた時代の文芸秘話を発掘―『大正文士のサロンを作った男―奥田駒蔵とメイゾン鴻乃巣』奥田万里著
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ロマンの花が咲いた大正時代に、文化・思想の発信基地となったのが、東京・日本橋にあったカフェ・フランス料理店「メイゾン鴻乃巣」。本書はこの知られざるカフェとその創業者・奥田駒蔵を巡るノンフィクション・ストーリーである。
わずか15年足らずで終わった大正時代。経済が発展し都市に住む人口が急増、西洋文化の影響を受け、人々は個性と自由を求めた。国家主義全盛の明治期と戦乱の足音が迫る昭和初期の間で束の間の光芒を放った。

大正ロマン、デモクラシーの花が開いたこの時代。文化・思想の発信基地となったのが、東京・日本橋にあったカフェ・フランス料理店「メイゾン鴻乃巣」。本書はこの知られざるカフェとその創業者・奥田駒蔵を巡るノンフィクション・ストーリーである。著者は夫君が駒蔵の孫であったことから、この時代の様々な文学書に「メイゾン鴻乃巣」が登場していることに着目。駒蔵の人となりから交友関係まで…徹底的に調べ上げた。夥しい数の文献を紐解き、関係者を探り当てて聴取する。その熱意と調査能力にはただ脱帽するばかりだ。

そして、判明したのは、このフランス料理店「メイゾン鴻乃巣」が、この時代の最先端を行く、文化拠点だったことである。北原白秋や与謝野寛(鉄幹)・晶子夫妻、木下杢太郎、志賀直哉、小山内薫、永井荷風、三木露風、久保田万太郎、吉井勇、岡本一平、谷崎潤一郎など、この時代を代表する文化人が集結。社会主義者が一網打尽に逮捕された大逆事件が起きた明治43年に創業され、この事件の弁護人で、石川啄木とロマン主義的な文芸雑誌『スバル』を刊行した平井修や、白樺派の若き文士たちも根城としていた。

大杉栄らが創設した近代思想社の集会場にもたびたび使われた。耽美主義的な新しい芸術運動を展開した「パンの会」も先導、北原白秋ら同人は、この店のコーヒーや酒を主題にした作品を数多く残している。芥川龍之介の処女創作集「羅生門」の出版記念会もこの店で催された。文士の梁山泊だっただけに、この書が発掘した秘話や逸話の類は数多い。

志賀直哉がカフェ店の広告を担当したことや夭折の天才画家関根正二を巡るエピソードは特に興味深い。映画演劇音楽界との関わり、与謝野晶子、斎藤茂吉らの秀歌も随所で紹介され、大正文芸絵巻として読むこともできる。

著者が「奔馬の如く人生を駆け抜けた快男児」と評す奥田駒蔵の伝記として読むのも痛快だ。明治中期に京都の郡部で生まれ育ち上京、苦労の末フランスの日本公使館の料理人を務めて、帰国後、メイゾン鴻乃巣を創業した。コーヒーを嗜み、ワインに酔い、西洋料理に舌鼓を打つ雰囲気を提供し、文人たちを芸術の都パリにいる心地にさせたのだろう。

著者は「膨大な資料の海から釣り上げた一枚の絵から駒蔵の声が聞こえ、姿が現われたりすると、駒蔵が生きた時代の空気がたちまち身近に感じられるようになる。その喜びは、次の発見の期待に変わり、資料渉猟が面白くてやめられない生活となった。ここ十数年、夢中になって駒蔵を追いかけてきたのは、何よりも駒蔵という人間の底なしの面白さの故である」と記す。文学や絵画、音楽に通じ、人間的魅力から多くの文人たちを惹きつけた義祖父への感情移入が爽やかである。(評・八牧浩行)

<奥田万里著『大正文士のサロンを作った男―奥田駒蔵とメイゾン鴻乃巣』(幻戯書房刊、2000円税別)>
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